2018/08/26 のログ
ご案内:「王都マグメール 貧民地区2 Bar『 』」にジェルヴェさんが現れました。
■ジェルヴェ > 「俺さ、知ってんだよ。お前が俺以外にも男作ってること」
そう語りかけた先の彼女は無言だった。
人気のない路地裏に響く男の低い声と、彼女がこちらへ目もくれず食事を続ける物音が嫌に目立つ。
しゃがみ込んだ男は膝上に頬杖を付いて彼女を眺めながら、どこか遠い目で独白を続けた。
「…まー、いいんだけどさ。俺も別に、お前の一番になりたいって訳じゃないし。
ただ節度ってやっぱ、付き合ってく上で大事なことだと思うのよ」
彼女はやはり無言のままだ。路地に伸びる黒々とした闇を煌々と照らす店先の明かりを背負い、物陰に灰色を映えさせた小柄なシルエットをぼんやり見つめる。どうやら声自体は届いているらしい。僅かな仕草から、付き合いの長さで――数ヶ月程度だが――分かる。
「―――――…格好悪いとか思われてもいい。
いいから、せめて」
男は項垂れた。顎を支えていた手から頭を落とし、重たげに顔を伏せて目を閉じる。漏れた溜息が我ながら大きく、悲嘆そうに聞こえた。
嘆息が挟み込んで途中で区切られた言葉の続きを、まるで彼女が待っているような間で食事の音が止む。地面にかちかちと触れていた食器が鳴り止んで、こちらに向かう視線を確かに感じ取ることができる。
…止めはしない。だがせめて。男のささやかな望みを聞き入れて貰えるのなら、
「朝っぱらから店の前でサカりだすのだけはやめて。マジで」
にゃあ。彼女―――灰色の毛並みをした猫がふてぶてしく声を上げた。
短く小さく可愛げのないこの一鳴きが、男には申し出への了承だとはとても思えなかった。
■ジェルヴェ > 「にゃー、じゃねぇよ。ひとの就寝時間にうるせーんだわお前ら。
何なのあてつけなの?あそこのマスター女っ気ないから聞かせてやろうぜ的な?」
がっくりと大きく俯いたせいで首が軋んだ。睡眠不足に加え、この上更に老いまでか。首筋を片手で摩りながら顔を上げ猫と対峙する。
与えた食事をすべて綺麗に平らげたらしい。視線がかち合っていたのはほんの数秒で彼女はすぐに足元に向き、空の小皿を前足で引っ掻き出した。
カラカラと地面の上で揺れる皿。しまいには弄ばれた皿はひっくり返り、上向きになった皿の裏側がなおも頻りに猫パンチを食らうお陰で肉球型に汚れていく。
「余計なお世話だし、それが追加せがんでるんだとしたら魚もう無ぇし。
お前今度俺の安眠妨げたら次からのエサ煮干1本にするからな」
―――初めて彼女、もといこの猫を見かけたのは数ヶ月前。野良のわりには綺麗な毛艶をしていると第一印象を持ったが、その理由はすぐに分かった。
どうにも人への甘え方が上手い。ついつい構いたくなるような人馴れした様子で、エサを貰うまではしぶとく余さず、愛嬌を大安売りしてくる。
一度まんまと売りつけられて、次に見かけた時も結果的に買い叩いた。その繰り返しの果てが今である。
店はまだ営業中の札を下げているが、それは形だけ。客は既に全員帰った後だ。辺りに人気はなく、油断しきって猫に語りかける大の男の珍妙な姿が完成している。
■ジェルヴェ > こちらを見上げては一鳴き、ひっくり返って動かせなくなった皿を前足で叩いて、何か訴えかけるような大きな目でまた見上げてくる。そんな灰猫の挙動を、男は男でかわらずぼんやりとした無表情で眺める。
脅し文句も効果は薄そうだった。まず第一に、猫に人の言葉自体伝わっているとは思えない。
「…煮干買っとこ」
猫パンチを掻い潜り汚れた皿を回収すると、ぽつりと呟いてゆらり、寝不足で気だるい体を叱咤しながら立ち上がる。
男は気付いていなかった。
―――一方的に押し付けた約束を猫が反故したとき、腹いせにエサのグレードを落とすための煮干を買い求めよう。
何かを与えるという習慣自体は見直さず用意する方向へ自然に考えている時点で、既に猫―否彼女の策略に嵌ってしまっているということに。
背を向けた男に彼女はもう一度、今度はややはっきりした声量でにゃあと鳴いて、路地裏の陰の中に消えていった。
男は店の扉に掛かる営業中表記のプレートを裏返し、漏れる光のなかへ。
今夜は早々に閉店作業を片付けて早く寝よう。また明日の朝、劈くような猫の鳴き声が店の前で響き渡らないとも限らないから。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区2 Bar『 』」からジェルヴェさんが去りました。