2017/06/05 のログ
ご案内:「王都貧民地区 ”嘆きの回廊”」にホウセンさんが現れました。
■ホウセン > 定期報告を行う週末を過ぎても、妖仙の姿は王都にあった。
月を跨いで暫し、月初めの頃合。
ある物の回収の為に、貧民地区へと足を伸ばす。
平素のように、娼館に入り浸るでもなく、立ちんぼを物色して連れ込み宿にしけこむでもなく、小さなシルエットは街の奥へ奥へ。
主要な通りから等距離に離れた、人通りが滅多にない裏路地を通りかかる。
「嗚呼、然し”嘆きの回廊”とは良く言うたものじゃのぅ。
己の懐具合を見定められぬ戯け共が売られるだけといえばそれまでじゃが。」
道すがら、路面の整地もおざなりな細い道に行き当たり、そこはかとなく感慨深げに呟きを漏らす。
いつごろ、誰が呼び始めたのかも良く分からぬ、この細道の通称。
賭場で身包みを剥がされても食い下がったり、馴染みの娼婦や男娼に入れあげて無尽蔵に財を吐き出してしまった愚者の行き着く先。
それらの者は、この通り沿いの小屋や倉庫に身柄を拘束され、この道を通って売られて行くのだ。
奴隷に、家畜に、愛玩動物に、実験台に。
故に、”嘆きの回廊”。
誰彼かの怨嗟が漏れ聞こえそうな道は、然し、”呪”の性質を持ち合わせる妖仙には、居心地がよい。
「今宵も、トンチキな阿呆が売られてゆくのかのぅ。」
往々にして、借金の締めは月末に設定されていることが多く、首が回らなくなった者が捕らえられ、売られる先が定まって運び出されるとしたら今頃の時期か。
不穏で物騒な台詞を吐きつつ、暗い路地を進む。
■ホウセン > 今時分、こんな辺鄙な場所で行き会うとすれば…と思いを巡らせる。
第一に、売る者と売られる者の一行。
第二に、それらの手伝いをする護衛なり便利屋連中。
第三に、売られる者を、最後に一目見ようとする縁者。
第四に、売られる途上で如何にか掻っ攫って逃避行に旅立とうという物騒なロマンティスト。
第五に、掘り出し物が見つかれば、途中で買い上げてもよいと考えている物好き。
「くくっ、何ぞ愉快な見世物でも起きてくれれば重畳じゃな。」
平穏より騒乱を好む妖仙は、小さな笑い声を漏らして。
歩き回るだけでは間が持たぬと、懐から煙管入れを取り出して、黒漆と銀でできた煙管を咥える。
道の端に避けて一端停止し、煙草を煙管に詰めて燐寸で着火。
赤い光が煌々と宿り、肺腑に吸い込んだ煙を緩々と吐き出す。
さて、自分ならばどれに当て嵌まるか等と、埒もないことに意識を向けたのなら、当然のように”第五”だ。
罷り間違って、己の所有物が売られていく局面に行き会っても、面白がって途中で救い出してやろうとはしないだろう。
緩く左に湾曲しながら登る道の途中、一軒の鄙びた…というか、居住性に重きを置いていなさそうな平屋の建物の扉が開く。
この辺の住人が夜の散歩に出かけるというには、聊か剣呑だ。
先導の男は兎も角、それにつき従う者達は、手錠をはめられ、腰縄で繋がれている。
合計で6人の拘束された男女の脇を、軽装鎧の男達が固めている。
街中で襲撃というのも滅多になかろうが、一応の武装をしているのは、”商品”の逃亡への意思を砕く為のアピールのようなものだろう。
■ホウセン > 一行が坂道を下る。
それも、妖仙のいる側に。
真っ当な神経を有していたのなら、聊かばつの悪い光景にいたたまれなくなりそうなものだが、この小さな存在の面の皮は厚い。
目線を逸らすどころか、見目の良い”商品”はいないだろうかと物色さえする始末。
降る、降る、降って行く。
今までの平穏な生活から、足を踏み外した己の人生をなぞるように。
そうやら、妖仙の眼鏡に適う人物はいなかったようで、嘆息一つで一行の背中に向けていた視線を引き剥がす。
「誰も彼も気の抜けたツラをしておったが、良い塩梅で練り上げられておるのぅ。」
表面上は己の置かれた境遇を受容することができず、さりとて打開する策もなく、目まぐるしく変わる環境の中で諦観を芽生えさせてしまう事もあろう。
それ故の、魂を抜かれたかのような、覇気に欠ける表情なのだろうけれど、その奥底でゆるりと海流が如く波打つ物が感じ取れる。
複雑怪奇で整合性も論理性も統一性もない”それ”に、強いて名をつけるのなら”怨嗟”。
己の愚かな判断に対しての、今の境遇を強いる者への、自分に肩入れをしてくれない神への、或いは世界そのものへの、言いようのない憤懣。
恨まれる方としては傍迷惑なことこの上ないが、人間なんて一皮剥けばそんなものだと、人ならざる存在が嗤う。
「この分ならば、品質は保証されそうなものじゃな。」
妖仙が歩みを再開する。
今宵、ここを訪れたのは、極めて奇異な買い物をする為だ。
金で金を買う。それも為替の相場の変動等を見越してという動機ではなく。
人としての尊厳を切り売りする彼ら彼女らが、最後の最後に握り締めていた金。
極限の瞬間で、酷く濃縮された人間の情がへばり付き、染み込み、拭いきれずにいるそれを、額面に少しばかり上乗せをして買い取るのだ。