2016/12/20 のログ
ご案内:「王都マグメール 貧民地区2」にホウセンさんが現れました。
ホウセン > 王都内の治安のよろしくないエリア。その内、人通りが少ない入り組んだ路地裏ともなれば、余程腕に覚えが無い者にとって下手な戦場よりも危険地帯となっている場合もあるかもしれない。毛並みの良い着物姿の小さな影が、さして緊張感を携えず、軽い足取りでうろついているのは、そういった場所だ。目的地を定めぬままの徘徊やら、目的は決まっているが何処で用を足すか定めておらぬ散策とは異なり、一応の行き先が無い訳でもない。然し、到達すべき地点の正確な位置は、妖仙にも不明である。何しろ、呼び付けられた側なのだから。

「猫や猫。何処まで行けば良いのかのぅ。寒空の下、見当もつかぬ侭引き回されるのは、如何に心の広い儂とて困ってしまおうぞ。」

小さな体躯の前には、もっと小さなシルエット。長い尻尾を真上に立てた黒猫が先導役を買って出ているようだ。経緯を掻い摘んで辿るなら、平民街の商館へ、妖仙宛ての手紙を銜えたこの猫が来訪し、その文面にこの猫を追ってくるよう書き記されていたのだ。用件は簡素極まりなく、商談の文字。極々普通の商売事なら、こうも思わせぶりな招待はされまい。どうやら何者かの使い魔らしい黒猫の後に続きながら、返って来るあてのない問い掛けを、ゆらゆらと揺れる尻尾に向って投げかける。

ホウセン > 一口に”商談”といっても、商売上の付き合いが深い他方に気をかけて、大っぴらに妖仙と取引が出来ないという場合もあろう。或いは、売買をするにしても、後ろ暗い商品を取り扱う為、人目を避けたいということもあるかもしれない。はたまた、異国の人間と接触を持つ事自体がタブーとなりそうな、やんごとない身分を有する者からの招聘という可能性も否定しきれない。それらのどれも当て嵌まる可能性がありながら、そもそも商談という言葉を餌にした、商売敵の仕掛けた罠ということもありえる。

「にゃあと返事が返ってくるなら、幾らかの愛嬌があろうものを。お主の主人は、斯様な事も教えてくれなんだのかのぅ。」

猫に語り掛ける妖仙の声は軽い。清掃の行き届いていない凸凹の激しい石畳の道は砂やら砂利が駆逐しきれておらず、雪駄の底が触れる度に、ザリっと耳障りな音を立てる。時間と労力を費やし、文字通り徒労に終わるかも知れぬ招きに応じた原動力の大部分は好奇心に他ならず、当たるも八卦、当たらぬも八卦という心地。吐き出す息は、夜半に近づいて一層冷える夜気に触れると途端に白く濁り、口元で左右に分割されながら背後へと棚引く。

ホウセン > 妖仙にとって最も利が無いのは、こうして妖仙自身を商館から引き離し、執務室が空いている間隙を縫っての空き巣めいた盗みやら、強盗やらが繰り広げられた場合だろう。商売の話にも繋がらず、鉄火場にも参戦できず等、踏んだり蹴ったりも良いところだ。腕力やら魔力やらに頼った諍いにおいては、決して好戦的ではないのだけれど、実際にのっぴきならない状況に陥れば、それはそれで愉しんでしまう性質は、確かに道を踏み外した仙人の類としては正しいのだろう。袂から煙管入れを取り出し、馴染みの銀と黒漆でできた煙管を銜える。風下で、しかも慣性を加味せずとも良い進行方向に対しての後列にありながら、それでも物言わぬ先導者に遠慮してなのか、煙草の用意はしない。喋らなければ喋らないで間が持たず、それを紛らわせる為に、口に何かを放り込みたかったという風情。

「遣いのやり方を教えておる癖に、客人の無聊を慰める術を教えておらぬとは…片手落ちも甚だしかろう。如何じゃ、今なら儂が手取り足取り、人間への媚びの売り方というものを教えてやろうぞ。」

返事が返ってこないのが殆ど明白であるから、語り掛けというよりは独り言に近い。足音も立てず静かに歩み進む職務に忠実な黒猫を捉まえて、戯言は最早勧誘へと移り変わる。行き違う人もおらず、作られた当時は道の左右で周囲を照らしていたであろう街灯は、メンテナンスもされぬまま放置され、五本に一本活動していれば良い方。歯抜け状態の灯りが照らす先、古めかしいながらに朽ち果てるには至っていないレンガ造りの家屋が見える。一見した所、地上三階建て。若しかしたら、地下に構造物があるかもしれない。黒猫はその建物の前に至るとチョコンと座し、頑なに閉ざしていた口を開いて『なぁお』と、一声鳴いた。

「此処が目的地かのぅ。案内、ご苦労じゃった。褒美を取らせねばな。」

案内人が猫と知り、商館を出る間際に用意した干し肉を地面に投げてやる。使い魔たる猫の位置から、妖仙が到着したことは、ホストにも知れているだろう。故に、この期に及んでノックして応答を待つというまどろっこしい工程は排除し、真鍮製のドアノブを捻る。中に何が待ち受けているか、多少心を躍らせながら。