2021/10/29 のログ
ご案内:「王都マグメール 貧民地区」にアニスさんが現れました。
アニス > 夜の貧民地区で少女が独り歩きなどすれば、どうなるか。
そんなことはこの王都に住むものならば、誰でも知っていること。
それなのに、こんな時間にひとりでこんなところにやって来たのは、ひとえに師事している教授の無茶ぶり故だった。

「―――まったく何をどうやったら、あれだけあった素材を全部使いきれるっていうのよっ」

研究室の倉庫に確保してあった素材がすっからかんになったとお遣いを言い渡されたのが、つい半刻ほど前。
こちらもやりたいことがあるのに、とぶつくさ言いながらも、いつも仕入れをしている店へと向かう道中だった。
娼館向けの薬も取り扱っている店だから、この時間でもやってはいるだろうけれど、物騒な路地裏はさっさと通り抜けてしまうに限る。
早足で暗い路地を抜けようとしたところで、甲高い獣の断末魔が響き渡った。

「――ッ!? な、なに今の……」

場所はすぐ近くらしい。危ない所には近づかないのが一番ではあるのだけれど、後ろから襲われるよりは真っ向から迎え撃ったほうが良い。
それに野犬の喧嘩ならばいいけれど、誰かが襲われていないとも限らない。
そう考えて、そっと路地の曲がり角から顔を覗かせると、血の臭いが辺りに立ち込めていて。

「ちょ……ちょっと、だいじょうぶ!? えっと、生きてる……よね?」

見えたのは、ぼろ小屋の壁に身体を預けて座り込む人影。
思わず駆け出していって声を掛けるけれども、その直後に足元に横たわる黒い物体に悲鳴を上げることになって。

ティアフェル >  まるで精魂尽きたかのように茫洋とした眼差しと木偶のように脱力した身体。
 夜空に向けた双眸は瞬く晩秋の星座を映してはいたけれど、点る光は薄く。
 酷く気だるい心地で、ただただ茫、と顎を上向かせるように天を仰いでは冷たく硬く薄汚れた路地に足を投げ出して長座位であったが、

「…………、」

 先程まで鳴っていた物騒な断末魔に気を引かれてやってくる誰かの足音が響いて、眼差しがうっそりと重たげに空から切り替わって薔薇色の少女を映す。

「………ふっ……」

 生きているか、とかけられた声に思わず息を抜くように小さく笑声を洩らして肩を揺らし。少しばかり緩慢ながら肯いて見せると。

「ええ、平気よ。ぜーんぜん、元気……」

 などと血みどろであちこちに咬み傷をこさえ、およそ健勝には見えづらい様子で敢えて軽い口調を取り繕って返答し。
 それから、小柄で華奢な少女の姿を爪先から頭上へと視線をスライドさせて眺めると。

「あなたこそ……こぉんなところで独り……大丈夫、なの……? ここがどういう場所か、知らないってゆう訳じゃないでしょ……?」

 微笑むような、眇めるような、微妙な細め方をした双眸を向け。
 犬の死骸に気づいて上がる悲鳴に肩を縮め。

アニス > 足元のそれにびっくりして、思わず飛びずさる。
爪先でツンと軽く蹴ってみるけれど、どうやら事切れているらしい。
ただ薄暗い中でも、その頭部がめちゃくちゃになっていることだけは見て取れて、ぞっとしてしまう。

「あ……、良かった。生きてたよ……
 あんまり平気そうには見えないんだけど……って、やっぱり怪我してるじゃない!」

しゃがみ込んでいた人影から反応があれば、大きく息を吐いて胸を撫で下ろす。
声に覇気は全くと言っていいほどにないけれど、それでも返事ができる程度には無事らしい。
他に獣がまだ残っていないか注意しつつも、その女性の顔を覗き込む。

顔色も良くはないけれど、何よりも返り血だけではなく、あちこちに噛まれた痕が見て取れる。
中でもがぶりとやられているふくらはぎの傷がひどい。
包帯代わりにポーチの中からハンカチを取り出すと、ぐるりと巻き付けてきつく縛っていき。

「手持ちに薬とか水とかないから、しばらくこれで我慢して。
 他に痛いところとかない?
 ……知らないわけじゃないけど、この辺りでこんなのに襲われるなんて話は聞いたことなかったよ。
 近くに知り合いの店があるから、そこまで歩けそう?」

こんなの、と視線だけで、黒い塊を指し示す。
怪我はもちろんだけれど、止血だけでは雑菌やら病気も心配だし、いつまでもこんなところにいるのはよろしくないのは明白で。
もし歩けなさそうなら、肩を貸そうとして。

ティアフェル >  赤黒い血に染まって路上の芥となってしまった野犬の亡骸。
 息絶えるまでは、滅してやらねば気が済まない程憎らしかったが、こうなってしまえばなんの感慨も湧かない……むしろ、ここまで無残な肉塊に仕上げることもなかったような気すらする。
 そんなもの云わぬ骸に飛びずさる少女のステップに肩を竦め。

「お陰様で……わたしは生きてるわ。殺した方の立場だから……。
 平気よ……こんなの……わたし……」

 どこか厭世的に口元を歪めるように笑って呟き、がらん、と犬を打った血染めの石を放り棄てながら、怪我を心配してくれる通りすがりの親切な少女に、自分で治せる、と云いかけた声は、てきぱきと速やかに取り出されて脚に巻かれたハンカチ……その手際に負けて途切れ。

「……ありがとう……優しいんだね、あなた……。
 大丈夫、わたし強いから。
 ………っふふ……あなたは、強そうには見えないけど……実は戦えるのかな?
 そうじゃないなら、その知り合いの店まではわたしが守ってあげるよ。
 ――こーんな血だらけの不吉な女が横にくっついていたら、なまなかな暴漢なら避けるでしょ」

 肩を貸そうとしてくれる手に、だめ、汚れちゃうよ。とふる、と首を振って見せ。
 ちゃんと歩けます、と云いながらよろりと立ち上がったが、咬み傷の深さに思いの外痛みが走って表情を歪め。横の壁に片手をついた。

アニス > 「ほら無理しない。どう見たって、満身創痍って感じだよ?」

平気だと言い張る相手に、少し困ったような笑みを向ける。
襲われた経緯も、その戦いも、見てさえもいないから分からない。
けれど、残された痕跡を見れば、何がどうなったのかくらいは想像がつく。
転がった血だらけの拳大の石をちらりと見遣ってから、服の袖口で相手の顔に付いた返り血を拭い取り。

「護身用の武器の扱いくらいは、イカレタ師匠に仕込まれてるから大丈夫。
 ほら、ふらついてるじゃない。
 お馬鹿な冗談言ってないで、ちゃんと摑まる! いい? 分かった!?」

守ってくれるという言葉はありがたいけれど、ふらついている様子を見るにさすがにそれは無理と言うものだろう。
暴漢は避けるかもしれないけれど、他に獣の仲間がいれば血の匂いに余計に寄ってくるかもしれない。
呆れ顔を通り越して、ぷんすこと怒りマークをこめかみに浮かべ。
グイッと半ば無理やりに相手の腕を引く。
相手に比べれば小柄な身体つきではあるけれど、無駄に(遣いっ走りで)鍛えられた足腰は、女性一人が寄りかかったくらいではびくともしない。
逃がさないとでもいうように、がっしりと腕を捕まえ、知り合いの店に向けて歩き出す。
ただ脚の怪我を慎重に気遣って、その足取りはゆっくりとしたもので。

ティアフェル > 「えー…? そんなこともないでしょ……スキップくらいならよゆー、なんだから」

 へら、とどこか気の抜けたように笑ってそんな益体もない軽口を叩いては、彼女の袖に顔にぺったりと張り付くように付着した血を拭われて片目を細くし。
 あーぁ……と、己の頬についていた血が代わりに彼女の袖口を汚すと嘆息するような声を洩らし。

「んん~ぅ……怒らないでぇ~……こわいー……。
 分かったぁ~。お洗濯代請求しないでねー?」

 痛みに若干足元のおぼつかなさを感じるが、歩行できないという程ではないと思ったものの、それを咎めて腕を捕まえ、青筋すら立てている人情家な少女に完敗な気分でうぃうぃ、と肯いて素直にその手を借りて歩き出し。
 本当は、多少の傷、気力が戻って来た今ならちょっと詠唱して回復魔法をかけてしまえばなかったことになるのだけれど。
 獣を殺した後の怪我を放置して、殺した犬に多少の罪悪感を捧げるようにしばらく痛みを味わっていよう、と決めたか、それともこんな無残な事態の後は優しい小さな少女に甘ったれてみたくなったのか、或いはその両方か。
 回復術師だということは黙って、その力強い足取りに促されるように歩を進めながら。

「ねー、優しいお嬢さん。
 あなた名前は? なんてゆうの?
 わたしはティアフェルよ。よろしくね?」

アニス > 「へぇー……やれるものなら、やってみせて貰おうかな。」

こちらに心配かけまいとカラ元気を出しているのか、妙なテンションで強がる相手ににっこりと笑みを向け。
掴んだ腕をぎゅぅーっと絞り上げるように握り締める。
もちろん、そこに怪我がないことは確認済み。
これでも言うことを聞かないようならば、怪我しているところを張り倒さないとダメだろうか。

とにもかくにも、血の匂いが淀んだような場所からはさっさと立ち去るに限る。
後始末はこの辺りに住んでいる誰かに任せよう。
肉が食えるかどうかは分からないけれど、皮や骨は多少なりとも換金できるはず。

「洗濯代とか、そんなみみっちいこと言わないから安心して。
 まぁー、困ったときはお互い様ってことで。
 今度、何かあったら頼らせてもらうから、その時はよろしくね。」

会話をしながらも、視線は警戒するように路地の奥へと向けられる。
あまり音をたてないようにゆっくりとした足取りで、路地を曲がり。
そこには幸い他の獣や厄介なゴロツキなんかの姿は見えなかった。
目当ての店まではもう少しあるけれど、この調子ならどうにかなるだろう。

「ん? あたしはアニスだよ。
 一応、学院に通ってる勤勉な学生さんだね。
 お姉さん――ティアフェルさんは?」

黙っていると空気が重たくなりそうだと、視線は当たりに向けたままに問いかける。
さすがに野犬に喧嘩を売るのが仕事ではないだろうけれど、こんなところで何をしていたのか気になるわけで。

ティアフェル > 「優しさとどエスの同居、やめて……」

 助けてくれるんだか追い打ちなんだか分からなくなってくる。
 一筋縄ではいかないような少女に腕をきつく握りしめられて、いたいいたいいたい……と少々情けなく唸り。
 滅多打ちにされた血みどろの野犬に価値を見出せるかどうかはともかく、死骸の処理は翌朝のカラスにでも一任しよう……なんて、食物連鎖の一環ということにして。
 歩みはのろのそとしているが口調はしっかりとした女は、

「そー? 染み抜きが大変そうで悪いわねえ……。
 っふふ……あなた、かわいいしいい子だわ。
 ――おう、任しとけ。どっからでも頼ってきなさい」

 かなり怠惰な気分に陥っていたところへやってきた小さく親切でかわいらしい少女。地獄に仏。掃き溜めに鶴。そんなことわざを知っていれば過るような場面で。
 血の匂いにネズミや野良猫は反応して足元で鼻を引く付かせている気配を感じるけれど、襲うには不向きな相手と見做して精々血の痕を舐める程度で。
 途中、千鳥足の酔客と行き違ったが、薔薇色の少女と血みどろの女を見て目を白黒させていた。

「――おっけ、アニスちゃん。女学生さんか……ん~…なんだかいい響きね~。
 何を勉強しているの?
 あ、ティア、でいーよ……わたし……わたし、は……これでも冒険者なの」

 ヒーラーというところを何となく伏せて、冒険者と一方の事実だけを口にしてどこか誤魔化すような怪しい笑みを浮かべて。

アニス > 途中すれ違う人からは、奇異の視線を向けられる。
けれども、さすがに声を掛けてくるような猛者はおらず。

「まぁ、ティアフェルさんが元気になるなら、洗濯ものくらいはいいかな。」

確かに、これほどにべっとりと血が付いてしまうと、洗い落とすのは一苦労だろう。
先程はそこまで深く考えずに行動していたので、指摘されると苦笑を漏らし。
ただ、後悔をするということはなく。

「冒険者なんだ?
 それなら、野犬なんて朝飯前だったんじゃ。
 あたしの専攻は、魔導工学っていうか、魔道具づくりって感じだね。
 今のところは修理専門って感じだけど。」

素材の調達に、冒険者から直接仕入れることもあれば、
時には冒険者に交じって自ら調達することもある。
それを考えると、野犬くらいはあっさり倒せてしまいそうで、首を傾げ。

そんなことをしていると、夜遅くにもかかわらず、明かりのついた店が見えてくる。

ティアフェル >  ちらほらと僅かにすれ違う通行人からはぎょっとした顔で見られるものの、こちらが視線を向けようものならば慌てて反らされる。
 妖怪にでもなった気分だな、と呑気に考えながら。

「そ? その若さでえらい懐の広さよねー……ああ、でもその赤い服だったらまだ目立ちにくいかしら……?」

 とはいえ、早めに洗濯した方がいいだろう。
 洗濯代は勘弁と云ったものの、沁みが落ちなければ支払いたいところ。

「…………………………、わたし……犬……怖いの」

 野犬くらいなんぼでもいなせるだろうと云わんばかりのもっともなご意見に、暗ぁい顔を伏せがちにしながら零した。
 この世の終わりのように犬恐怖症は思い出しても震える、無我夢中だったが死ぬ思いだったと陰った顔を張り付けている。

 要はマジックアイテムの製作を学んでいるということか。質問に応じる少女の声に耳を傾け、

「ふうん……? マジックアイテム製作を専門で学べる機関もあるのねー。
 大方は魔法使いが一子相伝な感じで受け継いでるイメージだったわ」

 ほう、とひとつ感心したように、技術を教え広めるという時代を先んじた学院もあるものだと肯いて。
 そしてやがて目的の店が見えてくると、そこ以外は閉店し灯りを落としていたので宵闇に目立ち。
 あそこ?と腕を引いてくれる少女に眼差しを向けた。

アニス > 「……へ? 怖いって、犬が?
 えーっと……まぁ、襲ってくるのは、怖いって言えば怖いだろうけど……?」

冒険者なんて生業をしていたら、それよりもよほど怖い魔物とも遭遇するだろう。
シリアスな雰囲気を纏って何を言い出すかと思えば、まさかの告白で。
その言葉の意味をすぐに理解できずに、間抜けた声が出てしまうほど。

「怖いものは人それぞれって言うし……?
 んー、どうだろ。錬金術とかと違って、魔導工学って魔術ってよりも技術っぽいから。
 学べば誰でもできるようになるよ。
 でも、さすがに犬が怖くなくなる魔導具って言うのは作れないかな。
 犬避けの魔導具なら作れなくはないけど……」

犬笛という道具があるくらいだから、逆に犬が嫌がる周波数の音を出せれば近づいて来なくなるだろう。
はたして目の前の相手以外に需要があるかどうかは分からないけれど。

そんな話をしていると、目当てのお店に辿り着く。
幸いにもと言うか、当たり前というべきか。他に客の姿はなく。
さすがに血だらけの姿を見ては、店主の方も驚きは隠せなかったらしい。
普段から師匠が大量購入している伝手もあって、薬や包帯のほかにも、手当をする場所とお湯も貸してもらえることに。
手当を終えた後も、怪我しているからとそのまま帰すつもりもなく。
今日のところはゆっくり休んだほうが良いと、お店の奥の一室を朝まで占拠することになる。
ちなみに、その分の費用はこっそりと師匠の研究費から差し引かれており。

ティアフェル > 「………アニスちゃんには……きっと分かんないよ……」

 大多数に愛される生き物犬。
 犬恐怖症の気持ちを理解してくれる相手などそうそういない。まるで諦めた様にどこかアンニュイに顔を背けてぼそりと呟いた。

「まー……そりゃできる人の言よね。
 誰でもできるような技術は技術じゃない気もするわ。
 ……イ・ヌ・ヨ・ケ……?!」

 なんだと、なんだそれは、そこんとこ詳しく!!と眼をくわっと見開いて食いついていく女……。
 けれどそんな装置はきっと使うことはできないだろう……。手に入れても何らかの事情で不具合、損壊する宿命。そもそも犬嫌いの癖に犬が苦手な周波数が同じく耐えられないという呪われた体質。
 犬恐怖症に生まれついたからには一生怯えて生きるが定めなのである。

 そんなこんなで、深夜営業している店に辿り着くと彼女のお蔭でいろいろと手厚くしていただいた。
 犬殺しで刻まれた傷は結局回復術で収められることはなく久々に自然治癒に頼ることとなった。

 処置が良かったのか経過も良好で痕は残らず。
 そこまで甘えてしまっていいのかしら、申し訳ないと一応恐縮しながらも結局奥の部屋で休ませてもらい、心身ともに元気を取り戻して朝を迎えられたのであった。

ご案内:「王都マグメール 貧民地区」からティアフェルさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区」からアニスさんが去りました。