2021/10/24 のログ
ロゼ > 確かに、長兄の継承権放棄は社交の場でも喧しい話題となった。
弟君が跡を継ぎ、その後彼の行方を掴める者はいなかったという。
巷では、竜を狩り、冒険者として風の便りを吹かせることもあったよう。
同じくして、在位はすれども貴族の交流の場より退いて久しい女だが、兄と親しんだ男が今日も何処かで生きていると、それだけ知れれば良しとしていた。

よもや斯様な所で出遭うとは。
瞬く瞳はあの頃より細く撓むも、瞬きの所作にはあどけなさが宿る。
この数刻の目まぐるしさも、大きく節くれだった掌が丁寧に編み込んだ髪を巻き込み撫でくるので、和やかに塗りつぶされた。
せっかく結い上げた髪が解れるのは嫌だと、べっかんこを決め込んだ少女の頃と同じ。くすぐったげに顎を引き、もう片方の手で彼の掌をくるみ撫での粗相を優しく引き下ろそうとしたい。

「 昔みたいに、ぐしゃぐしゃだわ。……――にいさま、あれから心配していたのよ。…また出会えて本当にうれしい。」

素肌を滑る瞳も何ら心地良い。何をまず語らえば良いか迷いながら、再会の喜びを何よりも先に伝えた。
からかいうそぶく口ぶりに、小首を傾いで耳輪をしゃらと鳴らす。

「 生まれ直さないと直らないのねきっと。それににいさまが―――… ぁ、もう”にいさま”は可笑しいわね。 …あなたが助けてくれたから。」

眉尻を下げ、引き下ろして包んだ指節に――ちうと感謝と敬愛の啄みを落とす。ありがとう、とかそけく呟き握りしめた。

トーラス > 跡目を継がずに家宝の剣一本で出奔した身。
その後も、仕事柄、懇意にし続けた貴族の家もあり、社交界との関係が途絶えた訳ではなかったが、
実家からは勘当されて、表向きには完全に顔を出す事も叶わぬ身となった。
風の噂で、彼女の父親が亡くなった事、そして、貴族出身の高級娼婦の事も耳にはしていたものの、
真偽を確かめる術を持つには至らず、今の今まで薄情にも記憶の片隅に追いやられていた次第。

「失敬な。昔も今も、乱れた髪を整えてやろうとしていたんだがな。
 あぁ、俺もだ。……その、グランデ伯爵の事はお悔やみ申し上げる。葬儀にも参列できず、不義理をした」

彼女の髪を掻き乱すように頭を撫でて、昔のように嫌がる素振りに郷愁を覚えて口端を緩め。
相手の手に導かれる儘、その手を降ろせば、再会の歓びに同意するように頷き。同時に軽く頭を下げる。
先代であるグランデ伯爵、即ち、彼女の父親が亡くなったのは既に家を出奔した後の話。
その話自体を耳にしたのも、遠方への冒険から帰還を果たした後であれば、花の一つも供える事も叶わず、
死者への冥福を祈ると共に、彼女への謝辞を告げて。

「三つ子の魂百まで、か。まぁ、俺だって似たようなもので、もっと酷い。
 結局、窮屈な貴族社会から逃げちまったしな。……別に、にいさま、でも構わないぞ、ローズ」

己の指に触れる彼女の唇に、こそばゆさを覚えると肩を竦めて微苦笑を過ぎらせる。
記憶の中ではお転婆娘であった少女も、実際は、20年の時を経て心身ともに一端の女性へと成長しており。

ロゼ > それぞれを軸として回る運命が、この世には人の数だけある。
その一つ一つを追うことなんて誰にも出来ない。
彼には彼の事情が在ったのだ――ともすれば、家を出た後の男にとって父の逝去は俗世事。
寧ろ義理堅くすらある、こうしてこうべを垂れてくれる男を誰が責めようか。
解れた金糸を直すのも諦め、そのままにするのも昔の通り。

「 人はいつか死ぬわ、父も人のそれに倣っただけ。あなたが無事だったこと、何よりもそれをきっと喜んでくれているはず。」

ドレスを脱ぎ捨てて暫く経つし、社交での応報も礼儀もすべて取っ払って久しい。だが、見つめるまなざしは煌びやかな大理石を踏みしめていたあの頃の通り、敬愛を込めて注がれる。
さて、――辛気臭いのは苦手だ。すんと鼻を鳴らし、赤い唇で破顔する。
擽ったかろう、あるいは不躾であったやもしれぬ。節くれ立った指節を愛でた唇が昔の記憶名残惜し気にそすと離れた。

「 あたしがこうなれたのは、きっとあなたの例があったから。―――それに、着飾るより脱ぐのが好きよ。 ……、(にいさまでも良い、少し悩むように空気を食んで、)」

ちら、と横合いに逃がす眦にはややばかりの気恥ずかしさと気おくれがある。それもその筈己はもう20の半ばを過ぎた。
幼少の頃の甘えた呼び名を口走るには羞恥のきらいがある。
恥ずかしさと一緒に眉を落としてはにかんだ。

トーラス > 「善き人から先に死ぬのは居た堪れない世の習いだな。
 憎まれっ子世に憚るなんて言われるが、幸い、俺はこうして五体満足だ。
 うちの親父よりは先に死んでやるもんか、という気持ちもあるからな」

彼女からの許しの言葉が掛けられれば、湿っぽい話も締めとする。
若干、場の雰囲気を変えようと茶化しながら、彼女の唇から離れた手で、
拳を握り締めると己の胸板を軽く叩いて、無事である事を豪語して見せた。
社交界に背中を向けて自身の生き様を選択した彼と彼女。
奔放が過ぎる己の前例が相手に悪影響を及ぼしたのではと危惧するも、
彼女自身の口振りから後悔の色が見えなければ、ひとつ頷いて見せて。

「こうなった、ではなく、こうなれた、か……。
 ローズが望む道を進めたならば、俺もにいさまとして、大事な妹分の露払いが出来て好かったよ。
 ただ、今でも後悔するのは……、」

其処まで告げ、言葉を噤めば、はにかむ女へと双眸を向ける。
面影残るその貌から、豊満に艶を帯びたその肢体を辿り、足許まで視線でなぞれば、神妙な面持ちで嘆息を漏らして。

「ローズがこんなに好い女になるならば、幼き頃から手を付けておくべきだった。
 その事だけが今も心残りでならないよ」

真面目な顔付きから一転、口端を緩めて悪戯な笑みを滲ませると本心と揶揄を織り交ぜた言葉を紡ぎ。

ロゼ > とん、と熱い胸板をたたく掌。どれを切り取っても懐かしく感じてしまう。
鼻を鳴らして楽しげに笑い、「それはそれは」と偉丈夫の豪語へ大仰に頷いて見せた。
精悍な青年の姿は其処にはないが、年月を吸って熟した男の其処此処にえも言われぬ想いが募る。こんな感慨は久しぶりだ。

「 今の生き方が凄く好きなの。屋敷に籠っていては、こうしてまた出会えることも無かったのよ? 」

結果論だが、先の気恥ずかしさを紛らわすようあどけなく首をかしげて見せた。それを其の儘にするのは、神妙気に息をつく言葉の続きが気になったからだ。

「 ―――…っふふ、あんな小さな体じゃあ、にいさまを悦ばせないでしょう。」

彼の言葉を揶揄まじりの冗談と受け取ったからこそ、無垢に吹き出して笑い話に変えてしまえる。
都合よくふくよかに豊穣の肢体と化した己の体も、小さな頃はただの寸胴だ。

「 それに、今のにいさまが相手じゃあ、きっと何度も気をやってしまうわ。―――あんなのを見せられちゃあ、」

とは、そこに突っ伏す暴漢との一幕をいう。腕っぷしがその通りであれば、体力も並々ならぬものだろうと、肩を竦めて被りを振る。

ロゼ > うう、と鈍くうめき声があがる。
酩酊が切れたのか、突っ伏した男が意識を取り戻しつつあるのだろう。
はたと瞬き、見合すようにして見上げた。

「 またこの人が失神しちゃう、――― …ねえにいさま、(そつと指節を握り、) このまま、明るいところまで手を引いてくださいな。昔みたいに。」

加減から伺い見るは少女の頃の面影が良く残る仕草。
暴漢が目を覚ます前にずらかろうというのだ。

トーラス > 「確かにこの場で再会できたのは、ローズが屋敷から外に出てくれたお陰だ。
 危ない目には遭って欲しくはないがね」

伯爵令嬢がドレスを脱ぎ捨てて、男性相手に身体を売る娼婦と成り下がる。
亡き父親が耳にしたら草葉の陰で泣いてるやも知れず、伝統と名誉を重んじる貴族や使用人は、
彼女の行動に決して好い顔をせずに、社交界の場にて嘲り笑っているに違いない。
だが、それが彼女の貫き通した生き様であれば、彼が否定する事は決して有りはせず。

「さぁ、如何かな? 流石に当時は俺もいたいけな貴族の美少年だった気がするから、
 案外、可愛らしいお転婆娘の身体でも満足できたかもしれないぞ」

生憎と彼と彼女の記憶に誤りがなければ、二十年前、彼女と共にあった時の彼がいたいな美少年であった事実はなく。
幼かった少女とは異なり、既に年頃で女を知っていた筈であるから、彼女相手に満足できたかは定かではない。
斯様に揶揄交じりの会話に花を咲かせて笑い飛ばすも、足許の倒れ伏した暴漢が
意識を取り戻して、呻き声を洩らせば、面倒そうな視線で一瞥を送り付け。

「さて、そうだな。そろそろ、こんな場所からはお暇しようか。
 あぁ、可愛いローズの望みだったら何なり、と。明るい場所からベッドの中まで、何処まででも、連れて行くぞ」

彼女の手を取り、その指に己の指を絡めると、念の為、倒れ伏した暴漢の頭を軽く蹴り付けて。
其の侭、寒空の下、女性と身を寄せながら貧民地区の路地裏を歩き始める。
かつて、貴族の放蕩息子とお転婆娘が仲睦まじく手を繋ぎながら歩いたように、二人の姿は路地から消えて――――。

ロゼ > 引かれるまま、大理のフロアに見立てたみすぼらしい路地裏の道をかろく踏み鳴らす。
原石のように燻る煌きが嘗ての青年にはあった。それを美と捉えるならば然う、だが己の記憶では「お馬の上手なにいさま」で上書きされてしまう。

あけすけに笑った。
結んだ掌は温かい、―――今はそれで充分だ。

「 ふふ、にいさまなら喜んで。――ローズをお味見してくださいな。」

仲睦まじく手をつなぎ歩く様には似つかぬ、けぶるよなふしだらな冗談の応報。
がつりと蹴とばされた暴漢に、気づつけられた頬はされど―――なんだかあちらの方が哀れな気がして気の毒気に一瞥垂れる。
吹きすさぶ夜風もなぜか今宵ばかりは肌をくるむ。
絡めた指を放した場所は、いつか歩を止める二人のみぞ知るところ。

ご案内:「王都マグメール 路地裏 貧民地区」からロゼさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 路地裏 貧民地区」からトーラスさんが去りました。