2019/01/14 のログ
■アンジェラ > 修道女の反応は、戸惑いに満ちていたはずだ。
そして女を物かなにかと同等の扱いをする者に対する嫌悪感も浮かんでいただろう。
2人の姿が懺悔室に消え、扉が閉じた後もしばらく沈黙が続いた。
―――懺悔室では、早速腰かける男性の様子を見ながらランタンの向きを変えた。
懺悔する者の顔に直接かからないよう、話しやすいよう心がけたものを、よく表情がわかるように。
「それは勘繰り過ぎというものです。お話を静かにお伺いできる場所にご案内しただけです」
微笑みを浮かべたまま、しれっと答える。
とても施しのために訪れた様には見えない。
「またまたご冗談を」と言いたいところであったが、もちろんそんな言葉を返せるはずがなく。
名刺を差し出したのを見て、己も椅子に腰かけるとそれを受け取り。
―――揺らめく明かりの下、文字を視線が追う。
俗世間には疎いが、聞いたことのある商会で、彼がきちんとした立場の者だということもわかる。
「アンジェラ・カラガノヴァです。ヤルダバオートにてマクレラン修道院の代表を務めております」
名刺をドレスの内ポケットにしまいつつ、こうべを垂れる。
王侯貴族とは対立する場面が多く、自然と構えてしまうところがあり。
「――――え?」
嫌がらせなりなんなり、本題に移るのかと思った矢先に思わぬ質問が差し込まれ、意表を突かれた。
が、すぐにペースを取り戻した様子で。
「……納得だなんて。 ご存知でしょう?懺悔室での懺悔は他の誰にも漏れないからこそ吐露できるのです。
ですが……そうですか、そう見えたのなら……良いことです」
傲慢に見えた彼にわかるほど、彼女がほんの少しの癒しを得られたのなら、己の心も休まる。
わずかに口許を柔らかくし、囁く様に呟いた。
■イスク > 「カラガノヴァ……マクレラン。聞かない名前ですが……ああ……」
もともと信心は深くないから、思い当たる節がないというのは本当に自分と繋がりの生まれない潔白な身分なのかと苦笑いが浮かぶ。
その時ふと脳裏に引っかかったのは、自分とコネクションを持つような聖職者から伝え聞いた与太話だ。
「ミレーどもの保護や、地下街の事情に口を出す年若い女導師。
そんな物語の主役のような御方の噂を耳に挟んだことがありますよ。
まさか貴女ですかな、アンジェラ殿……はは、本当に物好きな御方だね」
微笑みには若干の引きつりが生まれた。
色欲や金銭欲でもないもので動いて、実際に語り草になるような人間を前にすると、
流石に若干気圧されるものがある。眼の前の女がその意志を押し通す胆力の持ち主であろうことも伺えた。
だがだからこそ唇を愉快げに笑ませて、そのまま椅子から腰を上げる。
「大方こうですかな。 "お腹の子には罪はない"」
彼女の耳元に唇を近づけると、安堵の様相に冬の水を差すかのように筈んだ声を落とす。
「残酷な御方だ。子供を育て養うのに幾らかかるか。そもそも子を安全に生むのだって金が要る。
命を預かる重責を、あんな立場の弱い娘に背負わせて、満ち足りたような顔をするなど。
どうやらあなたは随分と、邪悪の素養をお持ちのようですね……第一」
背筋を伸ばし、嘆かわしげに首を振ってから肩を竦めて見せた。
見下ろす視線には、いかほどの効果があるかわからないが、相手に向かって言葉の鞭を振るう歓びに満ちる。
「望んだ子さえ愛せず、捨てて虐げる者がいるのです。
憎む相手の子など、心も懐も寂しがらせている小娘に愛せるものか。
……一時の安堵のあと、あの娘はより冷たい絶望に落ちることになりましょう。
中絶の儀を術士に願わせるべきだ。 子を生んだこともないあなたには、そこまで想像が至りませんでしたかね?」
■アンジェラ > 「――――やはり、ご存知なのですね。あの都市の地下街を。
恐れ多くも、わたくしは自分の手の届く範囲で活動しているだけです」
物好きと評されることについては、無理もない。
すでに地下街の規模は大きく、さまざまな利権が絡み合っているからこそ己の目指す廃業は一筋縄ではいかない。
現に目標に近付いている実感はないが、それでも日々なにかしら活動しなくてはなにも変わらないという考えから。
それは大層なものではない。己からしてみれば、農民が農作業をするのと変わらない。
表情をあまり変えずにそう話していたが、彼が立ち上がるのに合わせて視線を上げた。
――――邪悪な笑みだ。
「……………」
魔性の声音を、女は黙って聞いていた。
その時には伏し目がちの眼差しであり、睫毛が目許に影を差す。
彼の言葉を流すのではなく、きちんと聴き、理解し、自身の中で含味している最中のそぶりで。
聞き終えると再び視線を上げ、唇を開き。
「わたくしの希望的観測ではありますが、心から堕胎を望んでいたのなら、ここへは来なかったと思います。
当然、脳裏に過ることは1度や2度ではないでしょうが、迷っているからこそ告白したのだと。
そして貴方の様な人ではなく、神に仕えるわたくしたちに告白したことが
堕胎を止めてほしいとの本音の証だと……そう、わたくしは思っているのです」
とはいえ、彼女の真意も選択も第3者である我々には測りかねる。
己が望むことは彼女が立ち止まり、悩む瞬間瞬間に、誰かの手が差し伸べられることだけ。
彼女がどう生きようと止められないこともまた、事実なのだ。
自身の思いを口にした後、アメジストの双眸は細められた。
「……本当はなにがお望みですか?
わたくしたちが神を信じ、民と共に生きようとすることがそんなにお気に召しませんか?」
■イスク > 「……ふふ。いや、ご立派だ。いえ馬鹿にしているわけではありませんよ。
素直に感服しているのです。僕は商人だ。実利や先の展望を見通して、その時に身を切っても最終的に得をすればよい。
ただまあ……ここに来るまでに冷たい川に渡された橋がありましたね。
そこに身を投げずに済んだのは確かでしょう。
お見逸れ致しましたとも、さすが、あの連中が頭を悩ませているだけはあります」
暫し清聴したのはこちらも同じ。そして聞き終えて、手袋のはまった手を打ち鳴らす。
言葉で嬲ってやろうと思っても、それがうまく通じない、柔軟な鋼のような精神の有様を受け止めると、
感服する反面、心からの賞賛をする笑顔の、目だけが笑っていない。
女傑、聖母、なんて声が聞こえてきそうな相手が甚だ気に食わないのだ。
「望み?さあ、最初は興味深いから噂の真相を確かめに来ただけです。
まあ多少、地下街が立ち行かなくなったら僕らの利益が減るかもしれませんが、大したことではない。
大いに結構ではありませんか……応援致しますよ?ああ、でも、望みは後から生まれることもあります」
懐から、小さい鈴を取り出す。軽く振ると、ささやかな音が立つ。
すると――扉の向こうが少しだけ騒がしくなる。修道女の戸惑いの声のあと、
慌ただしい足音が懺悔室に近づいてきて、扉が開く。
屈強な男に押さえつけられ、強引につれてこられた者がある。
話題の種になった、懺悔をしていた娘だ。
肩越しにそれを確認した後、振り向いた表情は意地の悪い色を取り戻した。
「僕にも少々、善意というものが芽生えてしまったようでしてね。
この娘に、その目に教えてあげようかと。貴女がどれほど、素晴らしい人間なのか、とね」
■アンジェラ > 心の籠らない賞賛に、いえ……とだけ応え、またこうべを垂れる。
さまざまな可能性を考えていた。
その1つに、己と対立する誰かが寄越した者ではないかと疑っていたが
そうだと言い切れないし、そうではないとも言い切れない。
だが雄弁の狭間に奸邪な心が覗くのはわかり、ますます厄介であった。
「……数ならぬ修道院でございます。我が身も同様に」
興味を引く点なんてどこにもない、と言いたいのである。
草の根活動を信念とする聖職者にとって、彼の様に利己的な貴族に目を付けられて良いことなど1つもない。
だからこそ広場で声高に叫ぶのではなく、ひっそりとここで活動していたのに、なんとままならないことか。
内心慨嘆する女の希望は、さらに叶わない。
彼の合図と共に異変の起こった扉の向こうに、目を瞠った。
なにか―――と声をかけようとしたところで乱暴に扉が開く。
男に捕まえられた様子の女性が恐怖に怯え、縋る様な目で見てくる。
その背後で修道女数人がやはり怯えている者、右往左往する者、さまざま。
民は一様に訳がわからないといった様子で立ち尽くしている。
己も同様、突然のことに色を失う思いだったが、みながそうでは成り立たない。
心の動揺を隠すように息を吐き、他の誰でもなく貴族の男を真っ直ぐ見つめた。
声音も心成しか低く抑え、落ち着いた様相を醸し出す。
「――――どういうおつもりですか?
ご存知の通り、彼女は妊娠しています。無理はさせないで下さい」
■イスク > まず信徒を慮る女の声。その主に胡乱げな視線を向けた後、娘のほうへ視線を映す。
妊娠、という言葉にどういう反応をするか見たかったのだ。
しかしやがて興味を失うと、再び女のほうに視線を戻す。
「まさか。幾ら赤の他人とはいえ、身ごもった女に無体を働くようなことはしないよ。
それは無益だからだ。赤子になにかあっては事だからね。こう見えても、僕も殺生は嫌いなんだ」
人の目が多いな、と、開けられたままの扉のむこう、どよめく修道女たちの有様を見て、
屈強な男に扉を閉じさせようと下知……を向けかけたところで、いや、と思いとどまる。
上機嫌な顔を再び、見つめるアメジストの色に向き直らせた。
「さっきも言った通り、僕は貴女の行っている活動を邪魔したいわけではない。
むしろこれからも頑張ってほしい。 ……ですので、このことは他言致しません。神を信じる、大いに結構。
僕もまた、今日のことは『噂は噂だった』と笑い話にするつもりです、ご安心ください……ただ」
大仰にも、芝居がかった口調で宥めすかすような言葉に、しかし殊勝な心がけなど一切見せない。
今さえ気丈に、強く振る舞う女の姿。
間違いなく、大局的な視点から見て、正の位置に居るこの聖職者が、どうにも鼻持ちならないのだ。
なれば少々ばかり、この鬱憤を叩きつけさせてもらおうと、穏やかな慈愛を時に示すだろう手を掴み、自らの股間へ導くために引っ張らんと。
「そのために、少々僕のご機嫌を取ってもらえば。
今日この時を乗り越えるために、少しばかりの屈辱など、
高名なアンジェラ・カラガノヴァ猊下におかれましては瑣末事でございましょう?
それを信徒の皆に示して頂こうと言うのです、……もっともまあ、他の誰かに代わらせたいというのなら一向に構いませんがねえ?」
■アンジェラ > 一瞬、本当に彼女の胎になにかするのではないかと思っていた聖職者は、安堵の表情を見せた。
だが、彼の目的がわからない。一体なにがそんなにも彼を強圧的にさせるのか。
貧民地区の片隅で密やかに肩を寄せ合い、僅少な施しを分け合うだけだったのに。
「………………」
目こぼしをすると宣う彼の言動に、懐疑的な顔を見せてしまうのは仕方あるまい。
明らかに善意による云為ではないことは目に見えている。
表情はあまり変えずとも、まだ同様に満ちた女の手が―――引っ張られた。
バランスを崩す様に引き寄せられ、両膝を床につく。
その瞬間、最も反応したのは部屋の中の様子をどうにか見ようとつま先立ちになっていた修道女たちだった。
思わず口々に彼女の名を呼ぶ。心配そうに。
当の聖職者はといえば、膝の痛みなど些細なもの。
それより指先に触れた男の股間に手を引っ込めようとしたが、叶うかどうかは彼の力の入れ具合次第か。
視線がだいぶ下になってしまったために、ねめつける様になってしまうかもしれないが、女は視線を合わせる。
「――――いいえ。 わたくしは心も身も神に捧げております。
貴方のご機嫌を取るということがもし……姦淫を意味するのでしたら、応じることはできません。他の者も同様です。
……無論、他言無用とは申せません。罰を受けるのなら、わたくしが受けましょう」
難癖を付けて修道院に圧力がかかることはこれまでもあった。
大きな痛手だが、ここで相手の言いなりになることを思えば避けられない。
■イスク > 【継続予定】
ご案内:「王都マグメール 貧民地区 朽ちた教会」からイスクさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区 朽ちた教会」からアンジェラさんが去りました。