2017/12/30 のログ
■サナ > その後誰かに買われたのか、逃げ出せたのかは誰の知る処でも無く―――
ご案内:「闇市場」からサナさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区」にエスペロさんが現れました。
■エスペロ > 歓楽街らしい毒々しい色使いもどこか古ぼけて、色褪せた往来をぼんやり眺める。鼻をすん、と小さく鳴らせば嗅ぎ慣れた臭い……埃と食べ物の混じり合って饐えた匂いが胸いっぱいに広がった。手にした大きな林檎をコートのポケットにごしごしと擦り付けながら、よくよく見慣れた街並みを見渡す。左右色違いの眼で眺めるそれは、たぶんこの世に生まれ落ちた時から何ひとつ変わってはいないのだろう。少なくとも、彼女の中であるのかないのか少々覚束ない物心というやつが自己主張を始めた時分には、だいたいこんな街並みだったはずだ。ガリガリと音を立てて林檎を齧りながら、椅子代わりに腰掛けた木箱の横腹を揺らした脚の踵で叩きながら、喧騒を静かに見守る。溢れる果汁で口元をべたべただったが、お構いなしだ。
■エスペロ > 遠くでは酔っ払いが喧嘩をしている。反対の方向では赤ん坊の鳴き声がする。時々銃声が聞こえて、通りの向こうでは物乞いと野良犬が何か食べ物を取り合って争っている。実にいつも通りの光景だと思いながら、微かに首を左右に揺する。一拍遅れて銃声が新たに響き、左頬に走った熱を小さく指で確かめる。
「…………」
指に付着したものは、どこからどう見ても血液そのものだった。
こうして流れ弾が飛んでくるのだって、もちろん日常茶飯事というやつだ。
芯だけになった林檎を無造作に放り捨て、指についた血と果汁をぺろぺろと舐め取っていく。
スラムで生まれ育った身だ。マナーや行儀という概念はきっと産んだ母親がきちんと分別して自分とは別に他所のゴミ集積場に捨ててきたに違いない。
■エスペロ > 「……なかなか見付かんないなー」
舐め終わった手をコートの裾でごしごし擦って拭いながら、見渡す雑踏。
そこらの諍いを見て見ぬふりして右から左、左から右へと行き交う人々はまるでどれもこれも同じに見えるようだった。
目当ての人物は何時やってくるのか、宛もないが、それをいちいち考える能もない。
彼女を駒と見立てて使役する人物は、命令を鵜呑みにする都合の良い駒と捉えているか、それとも考えなさすぎてお使いの指示をいちいち出すのも面倒臭いと憂いているか。……或いは両方かもしれない。
「…………あ」
不意に、フードの奥に秘めた金の左眼が瞬いた。唇が微かに動く。
“ み つ け た ”
次の刹那には腰掛けていた木箱の上から、娘の姿が跡形もなく掻き消えていて―― 雑踏の中で、男のくぐもった声が微かに響いた。
何かが地面に落ちる、重たい音。
そして雑踏の動きが一寸静止し、生まれるざわめきと。 耳をつんざくような大音響の悲鳴。
■エスペロ > ざわめく人々が混乱から立ち直り、次にどうすべきか狼狽えながらも検討し始めたその頃には、娘は何事もなかったかのような顔をして、雑踏の中から猫のように擦り抜けている。
「………………ごほうび、何もらおうかな」
えへら、と気の抜けた笑みを白痴の如く浮かべる頬には小さく散った赤い返り血の雫。
コートの袖でぐいぐいと拭えば、それさえも跡形もなく消え去って――
少しだけ機嫌の良さそうな弾む足取りで歩き出す。
誰にも顧みられる事のなかった娘は、誰からも顧みられる事もないそのままに。
街の一部へと溶け込み消えた。
これもまあ、この街の日常というやつだ。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区」からエスペロさんが去りました。