2017/08/26 のログ
ジュリエット > 此の光景も日常の一部なのだろうか、通り行く人々は其れ程注意深く観察する訳でも無い様子。
――唯、一人の男を除いて。

「――……」

見眺めていた視線は、確りと観察する風でも、密やかに盗み見る風でも無く、あくまでぼんやりと、だ。
雑多行き交う人々に流される様にして炉端へ辿り着けば、朽ちた木箱に浅く腰を凭れて。
燻らす紫煙を追う様な素振りで、其の向こうの人々を見遣っていた。
すれば、ふと目を引いたのは母に付き添う大人しげな様子の娘。
目を留めたのに明確な理由があるのでは無く、敢えて言うのなら何と無く、と言った所だろう。
但し、此の何と無く気に掛かる、と言う感覚を此の男は割りと信じていて。
気になって注視すれば、楽しげな母親に従順に付き添っている一方で、時折紫苑の色に揺らぐ退屈そうな色。
とは言え、僅かな違和感だ。
未だ男の腰を上げる程の其れでは無く。

「――……ん?」

声を漏らしたのは、まるで此方の視線に気付く様に、娘が顔を上げた所為だ。
彼女が視線を巡らせば、男もまた娘を注視していたのだ、視線が合わぬ筈も無い。
思わず腰を上げ掛けた所――其れより先に、牧師が娘に声を掛ける。

――其方のお嬢さんは?何かお困り事は有りませんか?
人を安心させる様な、温かな声音を物言いだ。

グレイ > 最早この地域では極当り前の景色であるのかも――。

確かに荒れていた廃教会にこの牧師が訪れて以降は、
信仰なぞ腹の足しにもならぬと豪語していた現金主義の娼婦ですら、
何か此処に足を運ぶ切っ掛けはないかと話し合う始末であるとか。
兎角、物珍しさを込みで話題になり易い教会ではあった。
聊か、宗教に纏わる場所としては生臭いほど。

泳がせた偽りの目の色に写り込む木箱の男。
其処彼処で管を巻く男が、其の辺りの物に躰を預けて休んでいる事等
此れも又、しょっちゅう見掛ける景色であったが、気に掛かったのは何故だろう。
噛み合う視線は探る意図は無く、何か物を見る様な、
絡むと云う言葉を使うには温度の無い、只、気を取られたように注視し、

「あ――…私は、」
視線を逸らすという仕種に敏感であった牧師に、見咎められ声を掛けられ、
ほんの僅かに、木箱の相手へと向けていた眼差しを顰めた。

埋没していた一団から視線を受ける形になり、
視線の向きを戻す頃には、はにかむ様に笑顔へと変え、
又其れを眸を揺らがせて不安気な色へと変え。
物柔らかな声を紡ぐ牧師に、信頼を滲ませた眸を向けて首を傾げる。

「…出来れば、何時か懺悔を聞いて貰えませんか?」
都合の宜しい時で、と言葉を結んで。

ジュリエット > 先日、一人の娼婦が路地裏で殺された。
其れ自体は残念な事に、此の界隈では其れ程珍しくも無い話だ。
だが、奇怪な事に其の死体からは髪の毛がばっさりと切り取られて持ち去られていた。
治安が悪い場所にも其れなりの自治が有る。
取り分けこんな場所には因果応報、と言う言葉が当て嵌まるのだ。
そうして朧な記憶を頼りに此処まで出向いて見れば――改めて確信したと言う訳で。

そんな折だ。
牧師が娘に気を留めたのは、自身に向けられぬ視線が故か、其れとも集団に埋没しきらぬ美貌が故か。
戻った視線には僅かに首を傾げるだけで、何を見ていたのかと言及するつもりは無いようで。
其れよりも慎ましく綻んだ笑みの花に、其の双眸を弓形に細めた。

――迷える子羊に開かれる門戸に刻限等ありましょうか。貴女さえ宜しければ今からでも…ええと、お母様…はどうなさいますか。

傍らに立つ母親らしき風貌に問い掛けたのは何処か形式上めいていて。
お一人でなければ明かせない心内もありましょうし、と続けた事もまるで牽制の様だ。
あからさまにそうと取られない様に響くのは、あくまでも柔らかな物言いと紳士的な物腰の所為だろう。
さて娘はどうするだろう――是か、非か、それとも思案に暮れて視線を巡らすだろうか。
そうすれば、雑踏にあった木箱に凭れる背高の男の姿が何時の間にか無い事にも気付くかも知れず。

グレイ > 弓形の双眸が身を見据える。柔かい雰囲気、穏やかな物腰。
其れに反して項の裏が毛羽立つ心地を覚えて密やかに胸裡で笑う。
其の笑みを取り出して見せる事が出来たなら、酷く物騒な代物だろうに。

「本当ですか?――是非。良いでしょう?」

この区域らしい飾らぬ響きの言葉。目上に向ける物としては少し軽い。
私は大丈夫と、牧師の誘い文句を見せ掛けの風情に誤魔化され、軽々と頷く姿に、
妙齢の女性は何処かぼんやりとした風情で「仕方無いわね」と頷いて返した。
巧妙に隠される思惑を、まるで見破れぬ――といった態で
集団を抜け出ると、一歩牧師の方へと寄り添うた。

誘いに乗るに当たり、思案に暮れる事は無かったが、その後に再度木箱を振り返り見た。
其処に金糸の影は既に無く、先程の懸念は本当に只の勘違いだったかと、
視界を狭めて吐息漏らし歩みだす。

ほぼ、同時、今気付いた様に木箱とは他方に視線を遣り、
手を振ると現れるのは丁度娘と同じ様な色彩をした一人の男。
年齢は娘より幾つか上と云った所か、娘よりも余程母親の面影を映した姿が、
母親の迎えを引き受けて、其の細い手を引いていく。
此処迄で――心を弱めた母親の付添い役の『仕事』が一つ御仕舞い。

次はこの牧師を、――如何してくれようかと、猫の様な思考。

ジュリエット > ――お気を付けて。…さあ、どうぞ此方へ。
するりと集団から抜け出して牧師に寄り添う娘を見れば、彼に秋波を送る者は少々面白く無さそうな顔をして。
とは言え、女と言うのは勝ち目の無い戦いには存外乗らぬ物だ。
寄り添う娘の無垢な――此処は風情、と言うのが本当は正しいのだろうが、所作の愛らしさに口を噤んで今宵は踵を返すしか無いのだろう。
集団が三々五々と散って行けば、娘の入れ替わりに気付く者は居ないのか。
牧師もまた、『母親』の腕を引く青年には気付かない――見送りの心遣いの言葉に反して、興味が無いのかも知れない。
様々な思索が飛び交う中で、開け放たれんとする朽ちた教会の扉。
其れが娘を飲み込まんと待構える中、不意に雑踏から飛び出して、息せき切らし細腕を掴もうとする者が居る。

「ねいさん、ねいさん!いけねぇよう。隣のおちびのマルロがねいさんの子守唄が無ぇと寝られねぇって愚図って大変なんだ。
急いで来ておくれよう。」

こんな所に居たのかあ、と何処か間の抜けた調子で忙しくなく捲し立てるのは、襤褸を被った酷い猫背の男。
恐らくは娘には何の心当たりも無い事だろうが、若し腕を掴んでいたのなら、
ぐいぐいと強引に引いて此の場から連れ去ろうとする。
えっ、と声を発したのは牧師だ。
驚いた様に顔を上げると、娘の手を引かんとする襤褸風情を見、其れから娘を交互に見遣って。

「あいつが寝ねえって駄々を捏ねる所為で、うちのかかあが仕事に行けねえって困ってんだ。なあ、ねいちゃん、頼むよう。」

牧師の様子を他所に、舌足らずな物言いをしながら、急く様に猫背を揺すって。
其の所作に僅かに翻る襤褸から覗くのは、明るい金糸。

グレイ > 娼婦の惨殺。其の後に遺される事の無かった頭髪。
――其処迄の裏話は手に入れて居ない、というのが、
表向きは何の警戒も無く牧師の誘いに乗る姿に透けて見える所かもしれぬ。
何がしかの、手立てを潜めていたとしても小娘が抗い得るか。
オッズは最低のラインを割らずに済むかも怪しい。

『仕事』と次の『しごと』花から花に移ろう様に、
其れ以外の事を打ち払う娘は苛立ちの視線を向ける娼婦や女性達に、
話の邪魔をして申し訳無かったと去り際殊勝に頭を垂れる。
貧しいが気の良い女達は、其れで文句を呟き乍らも、酷く言う事を封じられた様なもの。
只、散った後に一人二人雑談に残った女達は言うのだ。あそこの家に娘なんて居たんだねえと。


開かれる教会の扉の前に立てば少し埃っぽい匂いが鼻に付く。
――使われている筈、なのに?ほんのりとした警鐘が脳を揺らす。
招く仕種にも急かす色を感じ取れば、一歩踏み出そうとした足が止まった。
――と、腕が。

くんと、後ろへと引かれて躰が後方に傾く。
人違いだ、言い掛けた言葉を塞ぐ様にして、先程の女性集団もかくやと
言わんばかりの姦しさに呆気に取られて言葉を喪った。

「……仕方、無いなあ。牧師様、御免なさい、又今度来ます。」

反射的に制止を掛け、抵抗した所で、今しがた感じたばかりのこの場所の不気味さを思い出した。
常日頃、勘を効かせ過ぎる帰来はあるが、乗っておいて損は無いと十露盤を弾けば、
強い力に抵抗せずに身を翻す。

今度は牧師の言葉を封じる役目を引き受け、一方的に話を打ち切ると、
ともあれ引き摺られる儘に教会の扉を離れて行く事になるのか。
引き止めた襤褸の男の掌へと己の手を滑り込ませて、逆に、掴まえ返さんとしながら。

ジュリエット > 瞬間、牧師の目に強い嫌悪感と苛立ち――其れから、憤怒の様な色が浮かんで。
唯其れは瞬きの間、直ぐに困った様な柔和な笑みの中へ、溶けて消える。
――仕方ありませんね。勿論、どうぞ、貴女の宜しい時に…何時でも。
次の訪いを楽しみにしていると告げれば、ゆっくりと教会の戸を閉じて行く。
酷く緩慢な其の所作で、古い扉が大袈裟に軋んで――まるで、歯噛みの様な音を立てた。
路地まで其の腕を引けば、暗がりは此の場合味方になる。
掴まえ返さんと握られた掌に、不意に、く、と喉を鳴らす様な笑い声は、先迄の物言いに不似合いな物だ。
教会からすっかりと死角になった其の場所で、急に襤褸を被った上背がぐんと持ち上がって。
襤褸を剥げば、現れるのは――先の、長躯の金糸頭。

「悪いな、お嬢ちゃん。…何だか、企み事があったみたいだが。」

邪魔をした様だ、と言葉と裏腹、悪びれなく其の言葉を響かせて。
其の響きに、先の間延びした様な調子は無く、何処か楽しげにすら揺れる、性悪な低音。

「『お母様』を連れて帰ったのは――…あれは兄貴、って訳じゃぁ無さそうだが。」

改めて向き直った眼帯に隠れぬシアンの色が楽しげに笑って。
娘を今彩る色彩が本来の物とは違う、と看破した訳では勿論無い。
唯単に身を潜ませて入れ替わりを見ていたのと、女達の雑談を拾ったから――其れだけのかま掛けだ。
男の話に乗る咄嗟の判断力と、牧師から零れる僅かな違和感を見落とさぬ機知を備えている様にも思う。
其れでも乗ったと言う事は何か思惑があったのではないか――と言う訳だ。

「優しい牧師さんに恋する乙女の一人――…って訳じゃねぇんだろ?」

グレイ > 「――…」
余りに想定外な顛末であったのだろう。
又、甘い顔を浮かべていた娘があっさりと彼を振り切った事にも、
若しかすれば憤懣を抱いたのかもしれ無かった。
我を忘れれば一瞬、然し醒めた目で見れば其の変遷を、
確りと目に収める事の出来る間の抜けた時間。

扉が閉じる所迄を笑みと謝意を含んだ表情で見詰めれば、
逃げ込む先の路地にて手を握る先の男を止める様に、足を止めて手を引っ張り返した。
笑い声は些細な物であったのに、いやに耳に付いて

「…誰。」

様々な飾りを取り払った問い掛けは、声すら素気ない。
木箱に腰掛けている姿では気付かなかった上背に、見上げる視線を上げ乍ら、
夜目にも鮮やかな金に眉を潜める。企み事、などと揶揄交じりの声には、
内心は如何あれしらぬ振りを決め込もうとした、矢先、
突く言葉が追い討ちを掛けるのは少々苛立ちを刺激するのに充分だった。

「そんな事っ、」

「…――関係無いでしょう。
 …何故、こんな事したの。あんな、仮装とも言えない格好で、
 子供の素振りをして、わたしを止めた理由は何?」

冷静にとは思えど声が荒い。或いは言葉の端々が。
満足の行く答えとあわよくば情報を求めて、問い掛ければ
応える迄逃さぬとばかりに只掴むだけの手を蠢かせ、指同士迄絡めようと欲した。
仕種だけ、断片的に捉えるのならば甘い、

ジュリエット > 逃がさぬと意思表示する様に絡められた指先に戸惑う風で無く、どころか、楽しげですらあって。
警戒に指先を強張らせる事すらせずにすんなりと其れを受け入れた。
遊ばせる様に指の腹でさらりと娘の甲を撫ぜんと。

「――…成程。キンバリー一家が早々賞金を懸けたか。其れとも娼婦仲間がギルドにでも依頼したかな。」

先に殺された娼婦の属していた、娼館の持ち主の名前を挙げて。
娼婦は彼等にとって「資産」であり、「商売道具」だ。其れを無為にふいにされたのでは、黙っては居ないだろう。
そして娼婦同士の絆と言うのは血縁よりも堅い時がある。
傷の舐め合いだと知っても、同じ境遇同士、心を寄せる事だって少なくないのだ。
唯、男は上げた二つの可能性が正しく的を射ているとは思ってはいない。
確信したのは――此の娘が、矢張り素人では無いと言う事だ。
無駄を殺いだ問い掛けと、努めて冷静であろうとする様。
感情が殺し切れぬ様子は却って好ましく映る。
…此の場合、そんな事を口にした所で、娘の苛立ちを募らせるばかりだろうから口には出さないが。

「残念ながら、俺も奴に用があってね。見て見ぬ振りって訳にゃいかねぇんだわ。…何しろ、相手は人殺しだ。」

手持ちのカードを一枚オープンにする。
此れで娘の反応を見ようと言うのだろう。

グレイ > 自身から仕掛けた仕種であり乍ら、何の抵抗も無く受け止める様子に
絡める中途で速度が緩まりはしつつ。
そうして甲を撫でる指腹に、其の箇所へと微かな粟立ちが走るのを押し殺す。

「……――如何かしらね。」

其の口振りから此方の情報を正しく理解している訳ではないと読み取れば
其処に至っては其れで充分と黙秘する。繋がって居る箇所から脈が伝わらぬ様に少し掌を浮かせ。
だって一つ二つの会話で理解した。機転、経験、情報網――と云った部分で、
己は目の前の相手に今は敵わぬだろうという事。
迂闊な事を口にすれば、情報を与えるのは此方になるだろう事は明白だった。
何より、

「其れ、別に知りたくないでしょう?
 ……欲しいのは、首?其れとも、背後関係、溜め込んだ財?其れとも」

先の彼の問いは興味であって、真に答えを求めている物では無いと感じれば、
其の真意を探すかの様に目を細く眇めて呟く。
『人殺し』の単語には何も怯えた様子無く、置き去りにして、望みを首を傾げて問い掛けた。
ねぇ、どれと、細い爪の先が大きな手の甲を掻いて返す。

ジュリエット > 成程、と内心で呟いたのは、己の勘はどうやら正しかったと言う事にだ。
眼前の娘は度胸も有り、何より此方を見上げる双眸に映す通りに理知的だ。
まさか彼女が先に耳にした知人を路地に転がした本人だとまでは思い至るまいが、若し知ったとしても然して驚きは無い。
其の見目の麗しさに油断すれば、翌朝まで転がるのは此方だと却って納得しただろう。

「美人の事なら何でも知りたいってのは男の性だぜ、お嬢ちゃん。
なに、俺が何かあいつから欲しいって訳じゃねぇさ。」

人殺しの言葉に動じぬのは、あの牧師の正体を知っているせいか、其れとも肝が据わっているのか――
どちらにせよ、あの牧師が単なる心優しい聖職者で無いと飲み込めているのは重畳。ならば、

「手前ぇで負った負債は返さねぇと。此処には此処のルールってもんがある。
女を殺して髪を切るなんて変態野郎がうろつくのは、余り面白い話じゃねぇ。」

命を奪ったツケを払わせようと言うのだ。勿論、支払いは同等の物になるだろう。
――ただ、私怨を晴らす、と言う話では無い。端的に男の目的を表すなら、排除、が一番近い。
要するに其れが誰の手柄になるかは、男には問題では無いのだと。

「あの男は黒髪の美人にご執心な様でな。…案の定、あんたに食い付いた、って訳だ。」

此れで全てのカードはオープンだ。
此方の腹を見せて、此処からは商談。
絡めた指先を持ち上げて、まるでダンスにでも誘うかの様に。

「…どうだ。此の一件、俺と組まないか?」

グレイ > 此方の何が情報を引き出したのかすら判らぬ間に、一つずつ広げられて行く彼の手札。
「そういう事」と毀れる音吐は相手に聞かせる迄も無く己なりの情報整理の為だろう。
動揺の出ぬ顔だが、牧師の悪行を事細かに知っている訳では無かった。
只、そうであっても何も変わらぬ――と、胸に楔があっただけの事で。
尻尾を巻かせるには、今回の獲物は聊か悪行の度合いが足りていない。

只、――確かにあの場で踏み込まぬのは正解だったろうと眉間を寄せて思案する。
知っている情報よりは、危ない橋だったと云う事は事実。
彼に助けられたと、置き換えるのは笑われた身からすれば多分に癪だが。

「――其の呼び方は止めて。
 此処はあなたなり、あなたの所属するものの領域だから…という事で良い?」

「其れなら、彼奴の首をわたしに頂戴。其れと、一つの首飾り。
 其の過程と其れ以外の物については問わないから。」

此処に至って漸く、表情から幾らかの堅さが消える。
此方の気を荒らす一端である『お嬢ちゃん』呼びを差し止め乍ら、言葉を繋いだ。
指を絡めた手を掲げ、改めて明るい空の色に視線を添え乍ら、
まるで贈り物をせがむ様な口調で詠いかける。
その様な軽く交わす遣り取りでは無いのだろう、けれど。

重なる手へと傾げた首から髪が毀れた。「組むわ」と、一言。

ジュリエット > 「…そんな所だ。其れなら、あんたの名前を伺える光栄に預かりたいね。
俺はジュリエット・カーライル。仲間内にはジル、とでも呼ばれてる。」

領域の話については、緩く、短い肯定だけ。
此方の呼び方は好きに、と続けながら、また口角を上げる様に笑ってみせる。

「首と、首飾り、な。…了解。」

首を欲する理由について、首飾りについて、男が言及する様な事は無く。
興味が無いのではない。
唯、出逢ったばかりの相手に踏み込んだ質問をされるのを、娘が厭うかも知れぬと思ったからだろう。

大した証拠も無いのに、教会に手を出すのは余りにも愚策だ。
だが、此の男がどう策を弄した所で、あの牧師は其の正体を見せないだろう。
何しろあの牧師の手に掛かったのは黒髪麗しき美女ばかりなのだ。
だからどうしても、黒髪の女性が必要だった訳で。
其れも唯の娘ではない。
其の身が守れる程度には腕が立ち、油断を誘われても看破する機知を備えていなければならない。
とは言え何時次の犠牲者が出るやも知れぬのに、呑気に手を拱いている訳にもいかない。
唯、此れはどう体良く言っても、囮だ。
其れに、短く返った肯定の言葉。

「…感謝する。あんたの身は必ず守ると約束するよ。」

娘が守られねばならぬ存在だと見縊っている訳では無い。
ただ、其の位娘の方にリスクの高い契約だ。
娘の命に対して懸けるのは、己の命で無くてはならないと。
言えば、此方を見上げる双眸を覗いた儘に、掲げた白い手指に口付けを落とさんと。
其の下らない目論見が果たされたか、否か、果たされたとしても頬の一つ位張られるだろうか。
何にせよ、今日と言う日の終わりに男は楽しげに笑って見せるに違いない。
今宵の共闘関係成立と――娘との出会いに、感謝して。

グレイ > 拒めば固有の名を明かさなければならぬのは道理。
仲間内と小さく呟く。名と合わせて二つ一つ開いた札。
名乗りには嘘は無い様に感じたが、言葉を信じるに足る人物かは、正直見えて居なかった。
暫くの間。目の前の相手を放っての考え事を隠さず。

「…リヨンよ。姓は無い。傭兵と何でも屋を遣ってる。」

ふと、視線の焦点を戻すと愛想の無い顔。
短く此方の要求を反復されれば、間違い様の無い其れに頷き。
黒髪の女を狙うと明かされた言葉の意味を、齟齬無く理解している心算だから、
続いた言葉に、少しだけ驚いた様に瞬いた。

「要らない。
 …交換条件でしょう。
 でも、失敗と中止の言葉は聞かないから、ちゃんとして。」

護るなんて言葉は甘過ぎて、遠過ぎた。
彼の気遣いと――若しかすれば少量の罪悪感も又、理解している心算だったが
ビジネスに立ち返らせんと、叱咤する。
寧ろ、都合が良いと考えるのは此方の思考。
彼の仲間内が囮をすれば危機の際、情が生まれて予測外を生み兼ね無い。
行きずりの身だからこそ、リスクを低減出来る一面が屹度あるから。
彼是と思考を巡らせて居たら、手指へ触れる唇に反応が遅れて、
後者の通り頬を張ろうと繋いでいるのとは逆の手を振り上げる一幕が。

「――只、少しだけ待って。」

精悍な頬に赤い花は咲いたのか否か。膂力としては然程で無いから、
長く其の跡を残して仲間に顔向け出来ないという事はない、筈。
感情の振れを吐き出してから、行動の実行に少しだけ遅れを申し出た。
聊か言い辛そうに口籠った後で、勢いで紡ぎ

「…今日の仕事で家賃を払う心算だったの。
 別の部屋を見つけなきゃ、だから。」

此処に立ち返ると、一旦は感謝した筈の連れ出しが多少憎い。
気拙さに仄かに目元を染め乍ら、だから猶予が欲しいと断り。

ジュリエット > 「俺が勝手に守るって意気込んでるだけだ。
あんたにとっては保険みたいなもんさ。いざって時の盾程度に思ってくれりゃいい。」

怜悧な眼差しの中に、感情の揺らぎが見付けられぬ程には此の男も鈍くは無い。
だからこんな物言いをしても、娘が何の躊躇いもせず己を肉の壁にすると思っている訳では勿論無いのだ。
唯、守られるばかりの姫君とも違う存在で在るのを理解しているから、肩を並べる相手としての言葉を。

「いって。」

頬を張られた癖に楽しげに笑うだなんて、随分と頭のおかしな男だと思われるだろうか。
其れでも箔が付いたと上機嫌に頬を一度だけ指先でなぞった所で、言い澱む様子の娘に僅かに首を傾げて。
言葉を切っても、澱む様子の無かった娘の語調が途切れれば、さて何事だと。
続いた言葉に一度シアンを瞬かせれば――くっと小さく吹き出して、笑い出す。
女性に対して、紳士では有るまじき行動だろう。

「了解。此れは俺からの前払いだ。此処から近い場所に俺の塒の一つがある。
窓を開けとくと勝手に猫が入って来る以外は、そこそこ快適だ。」

借りる分の金を渡すと言う方法だってあろうに、そんな提案を。

「後は俺が偶に来る程度だな。…あんたなら、俺なんざ怖くもねぇだろ?リヨンちゃん。」

ちゃん付けは止めろと怒られそうな事が分かっている癖に、そんな事を。
こっちだ、と娘の返事を聞いても居ないのに、取った手を其の儘に歩き出さんと。
娘の答えは如何だろう。
是であれ、非であれ――…どうせ男は楽しげに笑うのだ。

グレイ > 「―――……」

意気込み等と聞いて安心――するでも無く、有り難いと礼を言うでも無く。
この期に及んで眉を潜めて厭な顔を浮かべる可愛げの無さ。
莫迦じゃないのと、一言吐息交じりに呟き。
只、彼が此方を其れ也に評価してくれているのを感じて居るから、
言葉は兎も角声音の毒気は薄くて、軽い。

避けない当たり色々と仕組まれている歯車に乗った様な不服。
音だけは派手に決まった平手に己の掌も淡く染め乍ら、
其の遣り取りの後では多分に締まりの付かぬ発言。
笑われるのも致し方ない――が、其れで飲み込めるならそもそも羞じない。
下唇を薄く噛み締めて羞恥に耐え、了解の音が戻れば唇を解いた。

此方も其処迄勘働きは鈍くないが、理解の範疇外の言葉に
怪訝な面持ちを浮かべながら問い返す。塒がある。だから如何した、位の遣り取り。
一瞬置いて思考が追い付くと困惑に目を細め

「有難う。…前……?」

「其処にわたしが…、っていう事?意味が…一寸、ジル…!」

思考は追い付いた所で何処から突っ込めば良いのか。
一先ず出て行けと言い渡されている荷物の当面の置き場は、決まった――の、だろうか。
手を引かれ歩き出す背中を小走りに追い掛け乍ら、背から矢継ぎ早に問いが飛んだ事は間違いが無い。
初めて彼の名を呼んだのはそんな己でも覚えて居ない様などさくさの元。

ご案内:「王都マグメール 貧民地区」からジュリエットさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区」からグレイさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区/裏路地」にリュシーさんが現れました。
リュシー > (――――気がついたら、見覚えのない路地に居た。

長く淫らな悪夢を見ていたような、悪夢のような現実に揺さぶられていたような、
記憶も、感覚も、ひどく曖昧で心もとない。

着ているものには覚えがあるし、己の名前も、本当の年齢も忘れてはいない。
―――ただ、ここがどこなのか。
どうして己がここに居るのか、どこから来て、どこへ行くつもりだったのか、
なにひとつ、思い出せなかった。)

――――― っ、……

(ぼんやりと前方の暗がりを眺めやった拍子、不意に襲った眩暈に足許がふらついて、
咄嗟にすぐ傍の壁に手をつき、意識してゆっくり呼吸をしながら、俯いて目を瞑る。
―――ふる、と一度かぶりを振って、額へ空いた方の手を宛がいながら視線をあげ)

……とり、あえず。知ってるところへ、辿り着かなきゃ。

(そうは思うのだけれど、前方も後方も暗がりで、左右にも
ささくれのような細い通りが幾つも伸びており―――
どこを眺めてみても、さっぱり正解がわからなかった。)

ご案内:「王都マグメール 貧民地区/裏路地」にダグラスさんが現れました。
ダグラス > 略奪品に関する取引を終えた後、足を洗ったかつての仲間が経営する酒場へ寄った帰り道。
人通りや客引きの多い表通りを避け、夜の風を浴びながら歩いていれば、ふと行く先から人の声が聞こえ。
面倒ごとなら避けようと腰にさしたままの斧の柄に手を触れながら歩いていけば暗がりになれた目が道端で途方に暮れた様子の人影を捕らえ。

「ん?てめぇこの間買った奴隷じゃねぇか!」

目を凝らしてみれば相手が知っている人間でおまけに以前に大枚をはたいて買ったが寝ている間に逃げられた奴隷とわかり。
声を強めながら相手に近づけば逃げられないように手首をつかもうと手を伸ばし。

リュシー > ――――― い、っ……!

(ぼんやりしすぎていたと気づいたのは、相手が声を荒げた瞬間、という体たらく。
黒い人影に過ぎなかった相手の顔が、いつの間にか判別できる距離になっており、
その顔が見知らぬものではない、と思い出して―――勿論、反射的にきびすを返し、
走って逃げ出そうとしたのだが。
伸びてきた手が手首を掴み、走りだそうとした勢いのままにたたらを踏んで、
逆に相手の懐へ、横様に飛びこんでしまう羽目に陥る。
この勢いで飛びこめば、相手の腹に肘鉄を食らわす格好になった、かもしれないが)

ダグラス > 「俺のところから逃げるなんて舐めた真似してくれたじゃねぇか」

手首をつかんだ反動で相手自ら自分のもとに飛び込む形になれば片手で相手を抱き込み。
その際に相手の肘が当たるものの鍛えた肉体に体重の軽い少女の肘鉄なんてさほどのダメージにもならず。
空いた手で相手の身体を服の上から撫で。

「おまけにこんな上物の服着やがって、奴隷には過ぎたもんだろが!」

そういえば相手の身体を撫でていた手に小ぶりなナイフを持てば相手の服を切り裂き、残りを素手で破るようにして相手を裸にひん剥き。