2017/08/20 のログ
チルユキ > 高慢さと、身一つで此処を渡り歩いて来ただろう男に気圧される本能とが鬩ぎ合い、男の口と動作とが止まる。
凝固した体躯が 丁寧とも言える所作で押しやられて、前者が勝りかけた其の瞬間―――

空気になりかけていた従者が畳み掛ける様貴族を褒め称える。
寛大な心を持つ素晴らしい方だと。この場は似つかわしくない故安全な処で休みましょうと。
安全、という単語を契機に貴族の男が周囲を見回すと、野次と、周囲からの怒気が膨れ上がるのが、手に取るように分かる程、で。
襟を正し、「いつまでもこんなところに居られるか」―――と。上品な繕いの言葉を残して踵を返す


―――遠巻きに眺められていた処を唯一踏み込んだ男を、吸血鬼はじっと見ていたが。
貴族の男が押しやられ、退く様に。
空っぽになった手指へ視線を動かす。地面に仰向けに倒された時のまま、伸ばした手をにぎ、と動かしていたが。
気遣う声に硝子玉のような目を向ける。

―――獰猛な獣のような威圧、は。もう霧散されていて、目の前の穏やかそうな男と同一のものだとイマイチ理解しきれなかった。

「……大丈夫。何とも、無い。……――」

――――両手を男へと伸ばす、が。首筋には到底届きそうにも無かった。
男のズボンの裾を握ろうとする。―――寧ろ、その裾を起点に起き上がろうとする。
――――ズボンがずり落ちないと、良い、が

ジュリエット > 誰かが突けば、破裂しそうな観衆の怒気。
だが、其の中央で娘の傍らに在る男は、くっと喉を愉快そうに鳴らして、忍ばせ切れぬ笑いを零した。

「成程、良い家令を持ってるじゃねぇか。…あれじゃ、どっちが手綱を握ってるか、分かりゃしねぇな。」

確りと貴族風貌が雑踏へ消えてから、遂に堪え切れぬと笑い出して。
彼等には聞こえぬ様に言葉を発するのは、懸命な従者の顔を立てる為か、単に面倒を避けた故か――
どちらにせよ、青年貴族の尊厳を護る為では無かろう。

さて、先に見えた色は気のせいでは無かったらしい。此方をくるりと見返す硝子細工の様な双眸を見遣れば、

「上等。」

一つ笑みを返した。
唯、娘の常の瞳の色を知らぬから、其の双眸については珍しい色彩だな、と思うに留められて。
両の手を伸べられれば、片手を差し出すより、と身を屈めんとした所で――

「おいおいおい!」

伸べられた手が予想外に裾を引くものだから、思わず声を上げてズボンを押さえ。
腰を屈めようとしてた事もあって、腰元から僅かに下穿きが覗く。途端に、消化不良のもやつきを抱えた観衆が笑い出して。

「勘弁してくれよ、お嬢ちゃん。男の服を脱がすのは、せめて公衆じゃねぇ場所だって習わなかったか?」

批難がましいのも言葉ばかりだ。男もまた吹き出し笑いを堪え切れず、片腕でズボンを押えた儘、語尾を笑いで揺らして。

「掴まんならこっちにしてくれ、ほら。」

一頻り笑いが起きれば、野次馬達も三々五々と散って行く。やあ何事も無くて良かった、さあ商売の再開だと。
そんな中で男は娘に向かって屈めば、其の首筋を晒して――…不意に。
先の青年貴族との揉め事の最中、娘の口許に光る物を見た気がした事を思い出す。
頚動脈の走る首筋を晒すのは其の儘に、視線を巡らせて娘の双眸を改めて見眺めんとして。

チルユキ > ――引き止められなかったことで。又、貴族の男のプライドに障る煽りを抑えて貰えたことで。ほっとしたのは、貴族では無く従者の男。
貴族にみられることが無いように貌を後ろに背けて――――衆目と、牙を隠した男には丸見えの位置で。
あからさまな安堵と、小さな会釈を向けて立ち去って行く―――。


向けられる笑みはやはり穏やかな物、で。吸血鬼は緩く首を傾げる。
土埃を吸った髪は黒よりも灰色がかってしまっていたが、地面に転がった儘でいる辺り無頓着さは知れたもの、かもしれない。

―――――加減無しに引っ張り、ズボンがずれて尚お構いなしだった、が。
どっと沸くように笑う野次馬達に寧ろびっくりして手が止まる。
固まるのは、貴族も吸血鬼も似たようなもの、で。

「………―――習ッたこと、無い。――――……有難う」

批難の色を感じられない温かみのある笑い声に瞬きを繰り返していたが、テンポのずれた礼を足す。
先程の追い払ってくれたことへの、だろう。この中で貴族に噛み付けば、今と全く違う騒ぎが起きていたのは間違いがない。貴族と吸血鬼への感情が反転していた可能性の方が、高かった
ぱらぱらと散っていき、通りは ふたり。

「――――」

ふと、差し出された首筋を見上げる。ぱらりと、裾を握り締めた指がばらけて、差し出されたかのような首筋を
細い指が柔らかく伝う。
脈打つ、場所。命の場所。あたたかな、――――黒にちらついていた赤が急速に瞳を侵食する。
血の色に似た鮮やかな赤、に。男の眼の前で双眸が変貌し――――

――首筋に触れる指に 唐突に力が籠る。上肢が伸びあがり。首筋に、唇を、牙を 触れさせようと

ジュリエット > 貴族と言う物は虫が好かないが、其処に従う者にはまた違う心持ちも有って。
己は己で、其の辺りの大人気無さは自覚しているのだ。
小さな会釈には、軽く目顔で返しただけ。従者に見えたかは分からない。
何より――転がった儘の此の娘の事が先決だろう。
怯え震える訳でも無い、泣き喚く訳でも無い、かと言って憤慨する様子も無く、
大人しく転がされた儘の娘は、矢張り何処か浮世離れしている様にも映って。
眠気を帯びる様な、熱に浮かされる様な――そんな様子にも見える。

「そりゃぁ、危なっかしい。…どういたしまして。」

驚いて手を止めた様子は、此の娘を目にしてから一番の感情が動いた様に見える所作だった。
何だか微笑ましくて、棒読みの礼を返しながらまた思わず笑ってしまう。女性を笑う等、立派な紳士であれば決してしない事だろうが。

「ほら、確り掴まっとけよ――…」

言葉は中途で尻切れる。
其れは不意に思い出された光景の所為だ。
血管の走る首筋を晒した事で、どちらかと言えば動物的本能にも近く、此の育ちの悪い男の頭が警笛を鳴らしたのかも知れない。
するりとシアンの色が娘の双眸へと向けられれば――揺らいでいた赤がくっきりと鮮やかに浮かび上がる。
非常識にも此の状況で其の鮮烈な色を美しいと思った。
其れを我に返すのは、柔らかく首筋に触れていた指先に篭められた力と、全身を総毛立たせる様な、男の獣染みた本能。

「――――――っ!!!」

咄嗟に、娘の肢体と己の間に右腕を割り入れて、突き飛ばす様に力を篭めんと。
娘の指先に篭められた力はどれ程の物だろう。
敵わなければ、男の首筋には鋭い牙がすんなりと突き立てられるだろうし、敵った所で直前までの至近距離だ。
突き立てられぬまでも、避け切らねば男の血色が娘の唇を彩る事になる筈で。

チルユキ > 「危なっかしく、は。…無いよ」

危なっかしくなるのは、剥かれた方だろう、と。
温厚に笑う、感情豊かな男を見上げていた、が。
獣じみた本能、に。ざわりと粟立つ肌が、本能が、総毛立つ。


―――――理性がちぎれかけた吸血鬼、の。本能じみた行動で。
只、触れた所が浅かったのだろう。
割り込まされた右腕の膂力に負けて、指が首筋から呆気なく剥がされる。
受身も無い身体が突き飛ばされて、又地面に転がる。

フーッ、と。威嚇するような、押し殺すような呼気を何度か漏らして。
ぱたり、と。地面に腕が落ちる。大の字、

「酷い………生殺しだ………」

ふてくされた声、だった。

―――――結局、際どい処で躊躇ったのかもしれない。
貴族の男を止めた相手の血を力ずくで―――やろうしとして出来たかは別として―――奪うことは
双眸の色も赤に変貌したまま戻る気配、は無かったが。
ガチ、と。歯を鳴らした、

ジュリエット > 首へと掛けられた細い指先の圧迫感が呆気無く失せれば、再び我に返る様にシアンの色を瞬かせ。
は、と息を短く吐いたのは一気に強張らせた全身の筋肉を弛緩させた為だろう。
先と同じにころりと地面に転がった娘の様子、しな垂れる様に男に腕を絡めた娼婦が通り縋りに見て取って。
何してんだい、あんたは!と眦をきりりと吊り上げた。

「や、違――…、いや、違くはねんだが、そうじゃねぇ――…っつーか。」

事実、娘を再び地表へと転がしたのは男に違いないのだから、何とも言い淀みつつも。
生殺しだ、と娘が呟けば、いよいよ娼婦の額に青筋が走る。

「…おい、客が引く様な面してんじゃねぇよ。」

こう言うのを、火に油を注ぐ、と言うのだ。
とは言え、客の手前で有る事も思い出したのだろう、一瞬娼婦が言葉を切った其の隙間で、男は大の字に転がった娘の方へと。
発せられた声音は、何とも不服そうな――場違いにも愛らしくすら感じられて。
思わず口唇の端を持ち上げる様にして、息を吐き出し、笑う。

「…悪かったよ。」

今度こそ、差し出したのは手だ。先ずは娘を立ち上がらせねばなるまい。
払われなければ、其の髪に散る土埃も指先で梳こうと。
男の謝罪の言葉が聞こえれば、娼婦は客を伴って擦れ違って行く。…本当は未だ文句の言い足りない顔をしてはいたが。

「腹、減ってんの?」

問い掛けは少しずつ、一つずつだ。
所作の間に紛れさす。娘が立ち上がったら、今度は鮮烈な赤の色に染まった儘の双眸を改めて見遣って、もう一つ。

「…血、吸いたいのか?」

チルユキ > ふてぶてと身体を地面に投げ出していた処、
男に掛けられた娼婦の声、に。表情に。
男の後ろで地味にビクッとしていた。
事情を知らない故に庇ってくれた娼婦に ――――般若のようだ―――と。恩知らずなことを、口に出すことが無かったのは。単純に怯んでいた所為、

差し出された手をじっと見遣り

「………―――なんで、お前が謝るの」

襲った自覚は其れなりに。
本音で、不条理なことを言ってる自覚も無くはない。

土埃が男の手に梳き落とされ――少しばかり埃が煙る。
差し出された手を借りてのろと起き上がる。
首筋、ではなくても。手で、あったとしても。

「おなか…空いた、」

血の通う、ヒトの手、で。
柔らかく土埃を払う、温かい手、で。
相反する知覚に、けれど飢餓が薄く勝り。ゴクリ、と。小さく咽喉が鳴る、

「…――――欲しい……」

爛と双眸がぎらつく。言葉は、魔物のよう。言えば言う程餓えるようで、けれど男の否は先刻受けた。
借りた手を離す

ジュリエット > 娼婦が去るまで、何とか吹き出し笑いを堪えんと僅かに肩を揺らす。
何せ、娘の顔に何を思っているかありありと書いてあるかの様だからだ。
成程、未だ出逢ったばかりでは有る物の、此の娘の感情が少しだけ掴めて来た気もする。
そんな不埒な事を考えていた所為だ。
改めて問い返されれば、刹那、問い掛けの意図を汲みかねて眉根を寄せた。
其れから合点の言った様に、嗚呼、と短く零して、

「男が女に手を上げたら、謝るもんなの。」

正直、状況に寄りけりだ。だが、此の場合は謝る事態に当て嵌まるらしい。…少なくとも此の男の中では。おかしな男の、おかしな理屈だ。
手指で土埃を払えば、艶めく黒髪がさらりと流れて。
其の色彩を見て、何と無く瞳の色も、先に見た黒水晶の色彩が元々なのだろうと勝手に予測を付けた。
今の双眸が常ならん事は、一連で大体察して。

「ん。」

告げられた言葉に、短く打った相槌は納得する様な、思案する様な。
路地で佇む男女を、夜の街の流れは素知らぬ顔で擦り抜けて行く。
思案する間に、欲しいと告げられた言葉。
純粋な飢えを感じる様な響きだった。
其れと同時に、するりと白い手指が離れて行き――…そして、男は其の手を追う様にして取らんと。

「…良いぜ。死ぬって訳じゃねぇんだろ。」

其の吸血行為で何が起こるかも正しく把握しない内に、男は僅かに肩を竦める所作で返して。
娘の白い指先を捕えていたのなら、其れを再び己の首元に触れさせんと導く。
今更何が混じった所で、と言うのも本音の一部だ。
唯其れ以上に、単純に飢える苦しさを知っている所為だろう。
己の知る其れとは、恐らく違うのだろうが。

「其の前に、名前を聞かせてくれよ。…俺はジュリエット。変な名前だろ。」

仲間内からはジルと呼ばれると続けながら、好きに、とまた一つ肩を竦めて。

「其れから、美味くなくても、文句は無しだぜ。」

そんな軽口を叩くと、再び上体を屈めた。晒す、首筋。
雷鳴が近付いて来ている。
嵐が来るのだろうか――疎らに擦れ違う人々は、男と娘を少し不思議そうな面持ちで見ながらも、足早に今宵の宿へと急ぐ。

チルユキ > 「お前の反応、は、…正しい…よ」

謝る事が、ではない。
危険を感じた時に薙ぎ払う、事。
仄かな好感を持っていなければ。あと少し飢えて、もう少し、理性が消し飛んでいたら。――屹度こうなってはいない。
言葉足りずに、誤解を招きかねないことを言いながら。

髪を梳く手指の動きを、双眸が追う、
入れ違いに引いた手を、引き止められて目を見張る。

「……そんなこと、は。しない、」

ぴり、と。首筋に誘導された手指が震える。
理性が揺らぐ音を聞いた気が、した

空いた手が伸びて―――男の頬をむにりと抓みにいく。
先刻男が笑いを堪えてたこと、己の情動を正確に把握してそうだった、こと。見逃してなかった。

「……じゅりえっと……。……ジル、」

舌足らずに呼ばう。目の前に曝されて、一度は諦めて、今度は差し出された、首筋。
飢えを抑え込もうとした理性が軋む、

とん、と地面に跪いて、冷えた手が男の首筋の下向いた方を。支えるように包んで体温を奪う、


「…チルユ、キ……」

ジル、と。もう一度繰り返しながら、唇が首筋に近づく。其れが触れるより先に髪先が皮膚にふれ、するりと伝い落ちる、幾筋も。

「わたし…は。悪食だから……」

声が微かに弛む。開いた唇から牙が覗き、首の筋が浮き出た所に歯を突き立てる。
針を刺したような鋭い痛みが一瞬あって、舌が傷口に触れた瞬間掻き消える。
皮膚感覚が薄れる中、小さな傷口から僅かずつ溢れる温かな血を舐め取り、丸く膨らむ雫を唇で吸い上げる。
――入れ替わりに、強いアルコールを含んだ時の感覚が相手へと。
酩酊から、高揚、―無反応、等、個人の耐性に依るが。

遠雷が徐々に気配を強め、ヒトの目を眩ませる。ぽつ、と。雨がひと雫地面を濡らし、

ジュリエット > 血の渇きに打ち勝ったのは、理性であったとか、娘の心優しさであったとか、
説明があった訳で無いが、そんな理由だったのかも知れないと男は感じて。
危険を感じて、反射で動く己の行動を恥じるつもりは無い。
そう生きて来たから、そうして来たから此処まで生き永らえたから。
…唯、飢えを殺し、手指の力を押し留めた娘に対して、
そして今も苦しげに逡巡する震える指先に、己の取った行動の粗野さは、やや罰が悪くはある。
甘噛む様に呼ばわれる己の名にまた僅かに笑めば、這った手指の冷たさに微かに首筋が軋む。

「――…優しくしろよ、チルユキちゃん。」

肌に一瞬鋭い痛みが走れば、喉仏がひくと強張って。
入れ違いに舌が這わされれば、痛みが失せ、僅かに視界が歪む。
酒に飲まれる様な体質では無い故に、却って酒気を帯びた様な感覚を抱くのは少々久し振りだ。
意識が失せる事は無さそうだと何とは無しに感覚で知れば、其の鼻先を雨粒が跳ねて。

「…降り出したか。」

数刻振りに、目線でだけ視線を遣って空を見上げた。
其の視線の流れも微かにぶれる。成程、と。

「――兎に角、先ずは雨宿りだな。…自分の吸血体質に感謝しろよ、チルユキちゃん。
こんな状態じゃ、送り狼にもなれやしねぇ。」

首元触れた唇が離れるのを待ってから、相変わらずの冗句めかした口調で軽口を叩いて。
娘が飢えを十分に凌いだなら、娘の帰路を供するなり、己の塒に案内するなりするだろう。
本心の知れぬ軽口でも、此の言葉ばかりは真実だろう。
どちらにせよ、娘は安全に送り届けられるに違いない。

チルユキ > 心優しい、って口に出されていたら、多少顔色を悪くして頭を振っていただろう、


「…――ちゃん、は。イラナイ…。……痛く、しない…。もう」

うん、て頷くも上の空では、あった。
腹の底に熱が通り、塗り潰された理性が緩やかに戻ることを知る。
血を頂く、のは。――――割と容赦無く、相手は他に立ちくらみのようなものも上乗せされたかも、知れない。

いつの間にか止めていた息を吐き出して、埋め込んだ牙を、ズ、と引き抜く
―――気が抜けた、のか。満たされたから、か。重い眠気が意識に絡まり
――雨がぽつぽつ肌で弾ける

「……――冷たい。 ………血、を。奪われて……送り狼、に。なるの…」

酔いが絡んでいなくても、ならないように思えて頭が傾ぐ、
例えばちょっかいを出した時の相手の反応、が。少しだけ気になった。
帰路と言っても、大半道端で寝ている。―――男の塒について行って、躊躇いも無く熟睡する。
―――叩いても抓っても、睡眠が満たされる迄、起きなかった。

ご案内:「王都マグメール 貧民地区」からチルユキさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区」からジュリエットさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区」にシェイアさんが現れました。
シェイア > 貧民地区にある闇市通り。
所狭しと雑多に露店が並ぶ通りは、この時間になっても多少明るくあった。
気を利かせた業者がわずかに明りを焚いている為だろうか。
盗品、違法品、魔道具…そんな物が実に雑多に並べられている。
価値をわかって売るもの、わからず適当に高額な値段をつけるもの。
様々な物が売り買いされている。
トラブルもあるようだが…暗黙の了解である程度は抑えられているようではある。

そんな中を女は一人歩いていた。
時折、薄汚れた商人から今晩いくらだい?と訊かれるもののその全てを黙殺し、
眼鏡の下の冷えた視線は自分が使えそうなものだけを探している。
しかしこれだけ様々な物が玉石混合の状態になっていれば、サクサク見つかるというわけにもいかない。
根気強く探すしかないと内心で納得をしつつも、やれやれ、と一つ吐息を吐き出した。

足を止めていれば声をかける商人もいるだろうし、邪魔になりぶつかる事もあるかもしれない。
尤も、大抵の者は脛に傷を持つ身、余計なトラブルは起こさないだろうが…?

ご案内:「王都マグメール 貧民地区」にロズワールさんが現れました。
ロズワール > 本質の売り上げも好調であり、先日雇ったバイトに閉店作業を任せ一足先に貧民街の闇市に足を運んでいた。
今日の目的は魔道具の調達、ではなく、情報収集だ。
こういった市場では時折、特ダネを手にすることも少なくはない。
普段は一人で訪れることはしないのだが、生憎この時間であり、誘える人間はいなかった。

「んー...、今日はめぼしい情報も見つからないねぇ...」

唸り声を上げながら、よそ見をしながら、スタスタと闇市を行ったり来たりする白髪の少女。
時々、薄汚い男たちに声を掛けられるが巧みな営業スマイルとスルースキルで切り抜け、再び同じところを行ったり来たりする。

「わっ...、ごめんなさいっ」

ふと足を止めると、淡い青色の髪の女性にぶつかってしまう。
どうやらその女性も足を止めていたらしく、ぶつかった衝撃はそこまで大きくはなかった。

シェイア > 足を止めるついでに周囲の露店を眺めていたものの、
特にめぼしい物は無くさてまた歩き始めようか…そんな風に考え一歩を踏み出そうとしていた。

瞬間、とん、という軽い衝撃が背中にぶつかる。

こけるほど大きな衝撃ではなかったものの、
ゆっくりとした動作で振り向けば、色素の薄い特徴的な少女が謝ってきていた。

「…いいえ、気にする事はないわ。」

蜜のようなとろりとした声が少女の耳朶をくすぐる。
うっすらとした微笑みを浮かべ、数瞬、少女の方をじっと見つめる。
どこか観察しているような視線。

もしも少女が女性を見れば、人ではない魔力を内包しているのがわかるかもしれない。

ロズワール > 「ほんとにごめんなさいっ」

こういう場所ではよそ見は厳禁だな。
幸い、自分にも相手にもけがはない。
女性の方も特に気にしている様子はなく、少し安心した。

しかし、彼女の声、言葉が妙に胸を燻ぶった。
胸騒ぎとはまた別の感覚。
彼女からは、強い魔力を感じたのだ。

「え、えっと...、ほんとに大丈夫かなっ...?」

じっと見つめられることに、少しばかり緊張を覚えながら訪ねてみた。

シェイア > どちらかと言えば怪我よりも転倒による物品被害を気にするべきだったかもしれない。
難癖つけて高い金をふんだくろうとする者もいるだろう。
女はそう考えつつも、少女を見つめ……。

「ふふ。大丈夫よ。少し気になっただけ。」

微笑んだまま、少し少女に近寄る。
そのまま囁くようなひそひそ声で、

「…こんな所で魔女の子に会えると思わなかったわ。」

と、周囲に聞こえない程度の音量で囁く。
そのまま振り返ると、ゆっくりと歩き始める。
また品定めを始めた様子で。

その女についていくも、別れるも少女の自由ではあるが…。
女の腕のブレスレットから鳴るわずかな鈴の音が誘うように聞こえてくるかもしれない…?

ロズワール > 「...っ!?」

妖しくも美しい微笑みを見せながら自身に近づく女性の発した言葉に戸惑いと驚きを隠せない様子のイリヤ。
イリヤの魔力は強く大きいものだが、普段は魔力探知に引っかからないように封印式の組み込まれた魔道具で8割がた押さえつけている。
もちろん今だって...。
その微弱な魔力に気づいた目の前の女性。
彼女は何者なのか...。

「ま、待ってっ...」

振り返り、再び品定めを行おうと先へ進む女性。
ついて行くべきではないとわかっていながらも、イリヤは誘われるように女性の後を追う。

シェイア > こつ、こつ、というヒールの音を立てながら露店の間を歩いていく、
それなりに人とすれ違ってはいるものの、するするとすり抜けるように。
そのペースは速い。歩調が速いのか、身のこなしがいいのか。

少女の言葉に答えないまま、りん、りん、という音だけが規則的に女性の居場所を教えてくる。
音を追う事に夢中にさせ、余計な思考をさせない魔女の手管。
常人ならば頭の中がぼんやりする感覚に囚われてしまうだろう。
音を追っていけば、いつしか人の気配の消えた、貧民地区の路地裏へと導いていく。

その路地裏で、魔女は静かに立っている。

「…何か御用かしら? お嬢さん。」

先ほどの笑みのまま、艶っぽい声で問いかけてくる。

ロズワール > 「やっと、追いついた...」

幾度も彼女を見失っては見つけ、また見失うなんてことを繰り返していたが、どうやら無意識のうちにこの路地裏へ誘いこまれていたらしい。
イリヤ自身、そのことに気づいてはいないが...。

人気など全くないその路地裏。
大通りの方から漏れる淡い光のみが目の前の魔女を照らし、その姿を目で捉えれば問いかけに答えようと。

「貴方...何者なの?なんで私の正体を...」

魔女の笑みに何処か意識を奪い取られるような感覚を感じ、少し後ずさりをしてしまうが、それでも魔女の顔から視線を逸らすことはなくじっと見つめている。

シェイア > 誘いに乗ってくればそれなりに面白そうだ。
わずかな期待と好奇心で試してはみたものの、なかなか必死な表情で乗ってきてくれたものだ。
魔女の内心としては、なかなかに楽しめている。

「魔力封印の術式なんて普通の人はなかなか使わないでしょう?」

少女の問いかけには簡潔に答えた。
零れる魔力と、それを封印する式と。その両方を見て取った、と言う。
つまりそれを見る事のできる目を持っている、と。

「ご同業、のようなものね。 可愛らしいお嬢さん。」

言いながら、艶然と微笑み、後ずさった分だけ一歩近づいた。
微笑み、近づきながら、口を開く。

「…それで、危ないとは思わなかったの?貴方の事を見抜くような女についてきて。」

そうさせられた、術中にはまった、と誤解させられるような言葉を。

ロズワール > 「...嘘...、術式が見えるのっ...?」

術式が見える種族など限られてくる。
もっと言えば、この術式を魔道具に掛けたのはイリヤ自身。
とても強力な術式で、相当手練れな魔導士でなければ目視することすら困難だ。

「...貴方も、魔女...なんだね...」

一歩こちらへ近づくもう一人の魔女に警戒しながら、頬には汗が浮かぶ。
つまり、自分がこんな場所へ誘い込まれたのも彼女の魔術か何かにハマってしまったということを意味する。

「...わははっ、よく言うねぇ。私をここに誘い込んだのはあなたの方でしょ?魔女のお姉さん」

これでもイリヤは、大魔導士一族の魔女だ。
多少の動揺はあるものの、笑っていらるほどの余裕はあるらしい。

シェイア > 「えぇ。それなりには、ね。ふふ。」

眼鏡の下の瞳がわずかに細まる。
薄青い瞳が大通りからのわずかな光を反射して、妖しく煌いているようにも見えるだろう。
笑みを浮かべる少女へともう一歩近づく。

「ふふ。少しお話してみたかっただけよ。
誘い込むだなんて。それほどの魔力があればレジストするのは簡単でしょう?」

言葉とは裏腹。
魔術にきちんと抵抗できたかどうかの疑惑を少女に植え付けようとする。
同時に自身の胸元へとそっと手を添える。
何の事はない仕草だが…露わな胸元に手を置く事で、魅了の魔術ではないか、という疑念を。
相手が魔女と分かって、単純に魔術をかけるという事をしないのがこの魔女だ。

ロズワール > 「...っ.....」

明らかにおかしい。
今まで魔女との遭遇はそこまで珍しいものはなかった。
王都には数多くの魔術師や魔導士、魔女が存在する。
その中にもイリヤと親しき者だっている。
だが、ここまで妖しく、そして惹きつける美しさを持った魔女は居ただろうか...。
少なくともイリヤの知る限り、目の前にいる妖艶な魔女ただ一人であり、同時に彼女はとても危険だと察する。

しかし、彼女が一歩近づくたびに、思考は乱れ、疑心暗鬼の中、額にも汗がにじむ。

「お話...ねぇ...」

徐々に余裕の笑みは、焦りからか苦笑へと変わっていき、一層深く彼女への疑惑の念は強くなっていく。

魔女の仕草はいたってシンプルで、所謂魅了の魔術を使うものが獲物を補足するために行う仕草だ。
ただ、魅了の魔術だけは疎いイリヤには、自分がその魔法にかかっているかどうか判別することは難しく、何度も思考を反復させていく。

シェイア > 少女の勘は当たっている。
実際の所、危険な魔女である事に違いはない。
しかし、それも判別する手段がないだろう。
魔女はそれを教える事なく、更なる疑念の海へと少女を導いていく。
うっすらと笑みを浮かべたまま、いつしか少女の目の前に。

添えられた細い指先が、柔らかな乳房にそっと触れれば柔らかく沈みこむ。
少女の目の前で、乳房が柔らかく形を変える。
艶っぽい仕草を見せて視線を奪った瞬間に、少女の耳元に吐息がふっとかかった。

「…普段は何をしているの?」

ぞくりとするような甘い声。
吐息と共に与えられた声音は、まるで頭の中をじっくりねぶるようにも聞こえるだろう。

ロズワール > 「...ふっ、ぇ...?」

いつの間にか自身の目の前に立つ魔女の姿に気の抜けるような声を発し、柔らかく形の変える乳房に目をやってしまう。
完全に自分の意志で彼女の術中にはまってしまったイリヤの思考はもはや正常な判断ができなくなってしまっていた。

「ひ、ぅ...、な、に....は、ぁ...」

耳元に吹きかけられる言葉と吐息。
徐々に体の力が吸い取られるような感覚に熱い息を零し、ゆっくりと崩れるように地面に膝をつく。

シェイア > 甘い囁きだけで腰砕けになってしまったよう。
少女が崩れ落ちるように座り込んでしまえば、薄く笑いながらかがみこむようにして少女の高さに合わせる。

「ふふ、どうしたの?…気持ちよかった?」

甘い声が耳朶をくすぐる。
後頭部に手をそっと伸ばし、抵抗されなければ優しく引き付けるように。

「教えてくれれば…もっと甘い感覚が広がるわ…。
まずはお名前を教えてくれるかしら…?」

教えれば甘い心地よさを与えてあげる。
言葉に従えば気持ちよくなれると思考を導きつつ…ゆっくりと囁きかけて…。

ロズワール > 自分と同じ高さへしゃがみ込む魔女を睨むことすらできない。
おかしいと考えれば考える程、魔女の策略に飲み込まれていく。


「っ、はぁ...ん」

言葉と声と吐息は媚薬のように、耳へ吹きかけられるたび、イリヤから理性と正常な思考を奪い取っていく。
もはや抵抗する力さえないイリヤはそのまま魔女の胸へ引き寄せられ、荒く呼吸を繰り返していた。

「な、まえっ....ん、ふぁ、い、いり、や...名前は、っ...イリヤ」

ボーっとする脳内。
普段絶対に人に教えることのない名前を、口に出してしまった時にはすでに遅く、理性は崩壊し、魔女のささやきを求めるようにイリヤの頬は朱色へ染まっていく。