2019/08/04 のログ
ご案内:「王城 会議中の大広間」にギュンター・ホーレルヴァッハさんが現れました。
ギュンター・ホーレルヴァッハ > 午前中の早い時間から始まった会議は、昼食を挟んで未だ続けられていた。
如何に腐敗し、賄賂や汚職が横行しようとも、それはあくまで王国という器があってこそ。その器を崩壊させない為にも、綻びの無い様に運営されなければならない。

様々な議題が提出され、討議され、あるものは解決し、あるものは棚上げされる。居並ぶ役人や貴族達にも疲労の表情が見え始める中、現在話し合われているのは誰もが目を背けたい議題。
即ち、戦費の捻出であった。

『……タナール砦の恒久的な維持に必要な金額は、御手許の資料の通りです。現在のままでは、更なる増税が必要になる可能性が…』

『ハデク地域への兵糧や武器の補給も問題だ。現在、帝国とは融和的な風潮ではあるが、それでもあの地域を軽視する訳にはいかぬぞ』

『辺境への派兵も未だ進んでおらぬ。第二の反乱が起こる前に、何か手を打たなくては…』

会議は踊る。されど進まず……と言う程ではない。
曲がりなりにも真面目に会議に出席する様な貴族や官僚達は、それなりに王国の現状を憂いており、問題を解決する為に努力しようとしている。
そんな愛国心溢れる会議の場に自分がいるのは何とも滑稽な事ではあるが、当主である父親の命であれば逆らう訳にもいかない。

ホーレルヴァッハ家の全権代理という巨大な権限を持った少女の様な風貌の少年は、喧騒染みてきた会議を醒めた目で眺めながらグラスに注がれた冷水で喉を潤す。
この後の予定は何だったかな、等と呑気な思考を走らせながら。

ギュンター・ホーレルヴァッハ > 戦費問題について、現在会議の流れを作っているのは以下のグループ。

現状維持派。過剰な出費を抑え、増税を控え、現有戦力で防衛に徹するというもの。
対魔族強硬派。タナール砦への兵力増強を訴えている。
帝国強硬派。融和的な風潮の今だからこそ、先制攻撃によって打撃を与えようと熱弁を振るう。但し、今回の会議では少数派。
国内治安派。対外戦争においては現状維持派を支持しつつも、混迷を極める辺境を中心に国内治安を修復させようというもの。

どの意見もそれなりに筋が通ったものではあるが、欠点が一つ。現状維持派以外、いや、現状維持を行うにしても、戦費が不足していた。
財政が破綻するだの、軍縮しなければならないという程ではない。増税なり、戦時国債の発行なりで解決する問題ではある。現状を維持するだけならば、増税を行わずとも何とかなるかも知れない。

そんな絶妙な財政問題を抱えているからこそ。ホーレルヴァッハ家を含む財政的に豊かな貴族達が此の会議に招かれていたのだ。
財政はこんなに苦しいんです。だから、王国の為に是非資金を提供して下さい、という御願いをする為の会議。しかして、居並ぶ貴族達は皆一様に渋い表情を浮かべている。

全くリターンの無い投資に大金を出す事に渋るのも無理は無いか、と僅かに苦笑いを浮かべつつ、わざとらしく音を立てる様にグラスを置いた。

硬質な音が響き渡り、討議する声が静まり返る。出席者達の視線が集まる中、少年はゆっくりと唇を開いた。

「……現在の兵站と兵力をを維持する為に必要な額の戦時国債を、ホーレルヴァッハ家で買い取りましょう。此方の条件を飲めば、の話ですが」

ギュンター・ホーレルヴァッハ > 俄かにざわめく室内。
少年の提案は、出席者達に取っては望外のものであった。少なくとも、現状維持の為の資金をホーレルヴァッハ家が提供してくれるというのなら、余った資金で軍備の増強なり、他の政策を実行する事が出来る。
しかし、鋭敏な官僚達は疑惑の視線を少年に向ける。それだけの大金を提供する見返りとは、一体何なのだろうかと。

『して、その条件とは?』

官僚の一人が口を開いた。向けられる疑惑の視線に穏やかな笑みを返すと、一度手元の資料に視線を落とした後、口を開く。

「さして難しい事ではありません。新規に師団を設立する事。その師団の当面の人事権をホーレルヴァッハ家に一任する事。師団設立に関わる費用は、勿論全てホーレルヴァッハ家が負担します。此方の要望は以上です」

その提案は、支払う金額に対しては随分と謙虚なものだった。
少なくとも、居並ぶ貴族達や官僚達にはそう見えた。王族が師団を専有化する事など今更気に掛ける程の事でも無いし、前例は幾らでもある。まして、設立にかかる金すら負担するとなれば、慈善事業の様なものだ。ホーレルヴァッハ家の嫡男殿は、急に愛国心に目覚めたのかとすら思われていた。

だが。だがしかし。ほんの僅か。この会議室に居並ぶ者の僅かな者達だけが、この提案の危険性に気が付いていた。
一つは、是迄王国の軍政に一切口出ししてこなかったホーレルヴァッハ家が、明確に王国軍への介入の姿勢を見せた事。
また、設立時の費用は負担するとは言うものの、その後の意地費用は全て王国が負担しなければならない。実質的に、莫大な資産を持つホーレルヴァッハ家の私有軍とも言える師団を、王国が養わなければならないということ。
勿論、その費用が増えれば王国の財政は悪化する。そして、その費用負担を担うのは、間違いなくホーレルヴァッハ家になる。そうして、王国財政におけるホーレルヴァッハ家の発言力は――

「……勿論、此の提案は飲んでいただかなくても結構。その場合は、戦費調達は他の方々に御願いして頂ければ宜しいかと」

少年の提案に反論しようと官僚の一人が口を開きかけた時、畳みかける様に少年が言葉を発した。
金を出したくない貴族と、少年の提案の裏側に気付かない官僚達は慌てた様に異論が無い事を矢継ぎ早に告げるだろう。
絶望した表情の官僚を置き去りにして。

ギュンター・ホーレルヴァッハ > 暫しの静寂に会議室が包まれる。反対意見を唱える者は、いなかった。

「……では、異論が無ければその様に。必要な金額を明記した書類と戦時国債を後日私の屋敷まで届けて頂きます様」

会議の支配者として君臨していた少年の言葉に、媚びる様な作り笑いを浮かべた参加者達が笑みと拍手を送る。
少年の思惑に気付き、仏頂面でおざなりな拍手を送る官僚も勿論その中には存在するが、彼等は少年がじっと視線を向けている事に気が付くと慌てた様に拍手の勢いを強くした。

尤も、少年としては彼等に害を加えるつもりは余りない。寧ろ、有能な人材であれば此方側の派閥に引き込みたいと思う程。

「では、師団の作成準備などは此方で執り行いますので。後程、詳細な資料は届けさせましょう。……それでは、次の予定が入っておりますので、失礼致します」

にこやかに笑みを振りまいて、少年は会議室から立ち去っていく。
後に残されたのは、自分達が負担を背負わずに済んだと安堵する貴族。当面の問題が解決した事を喜ぶ官僚。
そして、此れからの難題に頭を抱える者達の姿であった。

ご案内:「王城 会議中の大広間」からギュンター・ホーレルヴァッハさんが去りました。