2018/12/26 のログ
■ルクレース > 王城内に幾つもある広間の中のひとつ。
小規模なパーティーができる程度の広さの小広間に、十人ほどのミレー族の少女たちが集まっていた。
王国内で奴隷の立場にある種族の少女たちであるが、奴隷として働くミレー族とは少々異なり、少女たちはそれぞれ、思い思いに個々の好みに合わせて手を加えたチェーンブレイカーの各部門の印の入った制服を着用している。
「1,2,3、滑るように足を動かして、ナチュラルスピンターン、リバースターン、ホイスク、足を揃えるようにシャッセ、ナチュラルスピーンターン、リバースターン…。腕を下げないで、胸を張って背中を反らす。姿勢を崩さないで。」
メトロノームが三拍子を刻むのに合わせて、相手のいないシャドウという形で少女たちがワルツのステップを刻む。
繰り返し繰り返し、一定のリズムに合わせて踊るのは一見優雅に見えて美しい姿勢と動きを生み出すのは随分と体力を使う。
メトロノームのリズムに合わせるように、淡々とした声がステップを告げながら腕が無意識に下がっていく少女へと指摘を送る。
戦うためのブーツなどではなく、踵の高いヒールでのステップはヒールに不慣れな少女にとってはバランスをとるのも至難の技だった。
ふらふらとふらつきながらのステップは、お世辞にも優雅さとは程遠い印象を受ける。
「ふらふらしています。軸をしっかりともって滑るように足を運んでください。」
一つ一つ感情のない声が指摘をして、三週ほど回ったところでルークはメトロノームを止めた。
「今のがワルツの基本ステップとなります。姿勢と足運びが非常に重要になるため、まずはホールドを維持できるようにしてください。」
淡々とした説明の声が響く中、息を切らせながら座り込む者もいた。
身体能力が高い彼女たちであるが、戦うための筋肉とは使い方が異なりなれない動きにかなり疲れた様子だった。
「舞踏会やパーティーの場でそのように座り込んでしまうつもりですか?」
そう厳しい一言がルークから発せられると、少々むっとした空気が伝わってくる。
とはいえ、こうやってワルツのステップを教えているのも彼女たちに洗練された仕草を教える事の一環だ。
実際、ワルツを終えて座り込むような淑女がどこにいるという。
「今日は此処までとします。次回までにホールドを維持できるようにし、ヒールでの動きに慣れてきてきてください。」
解散、とルークが告げると少女たちは『ありがとうございました』と声を揃えて礼をしてからぞろぞろと部屋から出ていく。
なれないヒールで動いた足は、膝が震えているのが見える。
■ルクレース > 少女たちの足音と気配が遠ざかっていくのを、閉まった扉の向こうに見送ってから数秒後。
「…………………。」
ふぅー…と静かな部屋に微かな長い吐息の音が響いた。
(厳しくしすぎだろうか…。)
どっと訪れる精神的な疲労感と、これでよかったのだろうかという疑問。
こうやって誰かに何かを教えるというのは、ルークにとっては初めての経験だった。
やれと言われて出来なければ不要と棄てられる未来しかない中で、血反吐を吐いて身につけてきたことばかり故に、加減というものが掴めないでいた。
女性の履く高く華奢なヒールの靴というのは、見た目以上にバランスが取りづらく履きなれていない者は、いきなりそれで踊れと言われても難しいことは分かる。
優雅さと洗練された仕草、女性の美しさは、そうあるための様々な涙ぐましい努力があってこそ。
さながら、水面の上では優雅に見える水鳥が水面の下で足を動かしているかのように。
(とはいえ、易しくして中途半端なものに仕上がっても恥をかくのは彼女たちと彼女たちの価値を上げようとしているあの方で…。他にも教える事や教える人数を考えるとやはりこのくらいのペースでないと…)
微かに眉間に皺を寄せながら考えを巡らせる。
脳裏にちらつくのは、少女たちのムッとした空気。
彼女たちと過去の自分とは置かれている状況が異なる。
明日やれといわれて、できなければ棄てられるわけでも明日すぐに淑女として夜会に参加しなければならないわけでもない。
あくまでも、彼女たち自身のために所作を身につけてもらうというのが目的なわけで…。
「……難しい…。」
二度目の長い微かな吐息を吐き出して、ぽつりと呟きが溢れた。
■ルクレース > 暫く考えたあと、結局答えは出せぬままルークは小広間を後にした。
ご案内:「王都マグメール 王城 小広間」からルクレースさんが去りました。