2020/08/25 のログ
ノイエ > 思考の迷路に陥りかけた、己の鼓膜を淡く揺らす誰かの足音。
風に乗ってごく微かに、己の知らない、憶えの無いリズムを刻む、誰か。

人目に触れぬよう、と命じられてはいたが、何が何でも逃げ隠れせよ、とまでは言われていない。
或いは言われずともそうしなければならない、のかも知れないが、
―――――反射的に振り仰いだ眼差しが、誰かの姿を捉えてしまった。
もうひとつ、ふたつと瞬いてから、表情なぞ希薄なままに唇を開き、

「………さぼ、って、いるの、では、ない……と、思い、ます。
 何方かと、言えば………貴方の、ほう、が」

宴に呼ばれることの少ない己でも、そうした席で立ち働く、給仕の制服は知っている。
宴の会場からは随分と離れた、こんな場所に現れた彼のほうこそ―――とは、
初対面の挨拶としてはスパイスが効き過ぎていただろうか。
けれども、此の邂逅を厭うてはいない証に。

「こん、ばんは……、
 ――――此方へ、お座りに、なられます、か?」

己が座している石のベンチを、そっと目顔で示す仕草。
少し脇へ身体をずらして、相手の為のスペースを充分に確保しさえした。

レギオン > もし、“人目につかないように”という事情を説明すれば
“人間じゃない目なら良いんじゃないかな?”なんて嘯いたかも知れない。
左と右で色が違う眼差し。よく見れば、瞳の虹彩の形まで異なる視線。
それが、希薄な白金の幻のような表情を見詰め、そして金色の眼差しへと映る。
瞬く眼差し、さながらここを照らす、やわい夜の灯りのような少女。

「俺に関しちゃ否定はできんが
 給料分は働いた、ってことにしといてくれ。」

からから、なんて形容が似合う様子で笑う。
気を悪くした風でもない。彼女の色の希薄な言葉に返るのは悪戯を見つかった子供のような言葉。
そうすれば、空けられる一人分の隙間。
「ありがとう」と言葉に甘えて、遠慮なく腰を下ろしてしまおう。
そうすれば、仄かに薫るのは彼女には馴染んだ気配。邪法のそれに近い、もっと濃度の濃い年季の入ったそれ。
尤も、彼の娘が気付けば、の話だけれども。

「いやー、気の進まない仕事も受けてみるもんだな。
 オレはレギオン、まあ、色々名前はあるけど、それが呼びやすいだろ。
 で、壁の花ならぬ四阿の花なお嬢ちゃんは…?」

かける言葉は遠慮なく、響く声は気安いそれ。
娘の名前を、問いかける。
薄曇りに咲く、透明な花弁のような可憐な美しさ、それを愛でるように眼差しを細めて。

ノイエ > 紅と碧、対照的な彩を左右の眸に宿して、其れでも相手のほうがずっと、
血の通った『人間』らしく見える、気がした。
柔らかく変化する表情の為かも知れないし、寛いだ雰囲気の所為かも知れない。
貌にも、身体にも、鮮やかな色を纏う相手に比べ、己が纏うのは何処までも希薄な、
闇夜にすら溶け込んでしまいそうな、曖昧模糊とした。
其れでも、よくよく見れば、僅か、人間らしい揺らぎも撓みもあるのだが。

「……わかりました、では、貴方は『休憩中』ということ、ですね。
 私は……どう、しましょう………」

己のほうこそ、今夜はひとつも働いていない。
微かに眉根を寄せて、そっと小首を傾げて、精一杯の困り顔をしてみせながら。
近づいてきて、傍らに腰を下ろした相手から――――ふ、と、何かを感じた。
思わず、といった風に相手の顔をまじまじと見つめ、

「――――― レギ、オン、さ、ま。
 貴方、………」

其処で、繋ぐべき言葉を見失ってしまう。
己が何を問う心算だったのか、問うてどうする心算なのか、
―――――す、と目を伏せて、小さく息を吐き。

「………私、お花、なんて可愛らしいもの、ではありません。
 私は、……私のことは、『ノイエ』と呼ぶ方が、多い、です」

名乗るにしては、いささか奇妙な言い回しだった。
何しろ『仕事』の時は、大抵の場合、名前など呼ばれず仕舞いであるので。
再び瞼を持ち上げて、不思議なものを見るように相手を見つめながら、

「レギオン、様は……給仕の、お仕事は、お嫌い、ですか?
 普段は、なにか、ほかのお仕事、を?」

己には珍しく、相手に興味を持った、ようで。
拙い思考回路が、己なりに、会話を続けようとしていた。

レギオン > 希薄だけれど、その下には確かに彩がある。
白でいくら塗り潰しても、いくらその上に灰色を重ねても
見えにくくなるだけで、決して消えないものだ。
人らしい、彩というものは。

「『休憩中』か。そいつは良い表現だ。
 誰かに咎められたら、そう言うとしようかな。
 ……そんな迷わなくても良いだろう?
 ここに居たいから、あるいは、ここに居て悪い気分じゃないから――そんなもんでいいさ」

傍らに腰を下ろしながら、嘯くような台詞。
次いで、見つめてくる金色。視線を逸らさずに、紅と碧がその視線を受け止める。
逸らしたのは、きっと娘の方が先だろう。

「様、は要らないな。そんな柄でもないし。
 レギオンさん、くらいで良いんじゃないかな?ノイエ。」

告げられた“呼び名”を返す。
飲み込まれた疑問を追いかける前に。
気安い色合いで、彼女の名前を言葉に乗せた。
言い回しに含まれた微かな違和、それを追いかける代わりに。

「良い名前じゃないか。
 “新しい日々”なんていう意味かな?花よりも綺麗なお嬢さん。」

「なんてな」と、淡く笑みを乗せて言葉を紡ぐ。
此方を見る眼差しからは一欠けらも視線を逸らすことはない。
花、と喩えるのは聊か不似合いだろう。
その白金の髪の毛も、金色の瞳も、白い肌も――でも仕方がない。
「壁の月」なんて言い回しはないのだから。

「嫌いじゃないけどな。報酬分は働いたし。
 ああ、知ってるかわからないけど、冒険者だ。
 冒険者なんだが……割とそれ以外の仕事も色々してるな。
 ノイエは、普段は何をしてるんだ?」

今回の給仕もそのひとつ、なんて言葉を返す。
そして、問い返す質問。何気ない言葉の色合いを保った侭
けれどもほんのわずかにだけ静かな色合いを言葉に乗せて。

ノイエ > 鮮やかな彩を宿す相手の姿を、眼差しを、眩いと感じる気持ちと。
けれども其の彩の向こうに、余りにも嗅ぎ慣れた『異臭』のようなものを、
同時に感じ取ってしまうことへの戸惑い。
―――理由なら幾らでも後から付けられるが、恐らく、己が抱いた興味の理由は、ずっとシンプルなもの。
『其れ』が微かに、己の唇を撓ませる。

「お気に召したなら、何より、です。
 ――――― でしたら、私は……私、……ええ、不思議と、今は、
 とても、良い気分……だと、思い、ます」

夜風が心地良く渡る場所に居るからか、其れとも。
――――其処で再び、慣れぬ方向へ進みかけた思考は途切れる。
長い睫毛をほとほとと揺らして、忙しなく幾度か瞬いてから。

「………レギオン、さん、は………ふしぎな、方です。
 今まで、私に、……私の、名前の、意味、なんて、
 考えて、下さった方、は、居ません、でした」

はにかむ、という感情が、己にもあったことを知る。
彩に乏しかった頬が仄かに朱を滲ませ、無味乾燥だった双眸が僅かに潤む。
折角もう一度重ねた視線を、またしても逃げるように俯かせ、
じわりと熱の点った口許へ左手をそっと宛がい。

「ぼう、けんしゃ、さん………」

其の仕事に関する知識は、酷く朧だけれど。
知らず、甘く蕩けるような声音で呟いて、其れから。

「私、……私の、お仕事、は……―――――」

ふつり、声が途切れる。
頬の、唇の色づきが、刹那に褪せてしまいそうだった。
『お仕事』と唇の動きだけで繰り返してみたが、其処から先が。

「――――――私、……私、は、供犠の巫女、です。
 私の、お仕事、は………何方かの、代わり、に、
 何方かが、真っ白で、綺麗な、ままで、居る、為に、」

たった其れだけを口にする為に、随分時間を要したように思う。
そして言い終えてしまえば、もう居たたまれなくて―――――
自由の利かぬ足のことも忘れ、立ち上がって此の場から逃げ出そうとしていた。
己のものであるべき呪いを、穢れを、相手になすりつけてしまっているような気がしたから。

レギオン > 彼女の心がどう揺蕩って形を為しているかまではわからない。
けれど、その内側にとても綺麗な彩がある――そう思う。口に出したりはしないけど。
だから、ただ、紡がれる言葉に言葉を返すのだ。
仮令、どれほど呪われていようとも、呪いそのものだろうともそれくらいはできる。

「そいつは何よりだ。
 オレもありがたいね。お前みたいな美人と、こんな良い夜を過ごす。
 ――悪くないな。こういう時間も。」

視線の先で、白が色付いていく。
出会ったばかりの茫、とした気配が仄かに朱に染まって。
その瞳が僅かに潤みを帯びて、熱を宿していく。
まるで霜が溶けていくかのような、その様――。

「綺麗で、良い名前じゃないか。
 よく似合ってるよ。お前に。ノイエ。」

そう、告げた次のタイミングだっただろう。
途切れる言葉、震える唇がようやく、『仕事』の内容を紡ぎ出す。

「―――……こら。」

立ち上がる白、それに向けて手を伸ばす。
まるで一度切り離されたものを繋いだような五指持つ右手。
触れればきっと、その感触は穢れている。穢れているなんて表現すら勿体ない程に。
けれど、躊躇いなく伸ばした手は、娘の手を取ろうとして
――適えば、そのまま引き寄せよう。胸の中に抱きしめるように。

「――嫌なことを聞いて悪かった。
 でも、何から逃げるんだ。何からも逃げる必要ないだろう?
 少なくとも、今は。」

そう、穢れが囁く、呪いが言い聞かせる。
その言葉の色は柔らかくて、やさしい――そんな風に形容できる色合いで。

ノイエ > 眼差しを交わす程に、言葉を重ねるごとに、得体の知れぬ違和感は募る。
けれど其の違和感に気づかぬ振りをしてでも、もう少しこのまま、と、
―――――そう思ったのは、相手が己の容貌を讃えてくれるから、などでは勿論無い。
耳慣れぬ台詞の意味を、其れでも知識として知ってはいたから、
分かり易く肌を色づかせてしまうのだが。
去り難かった理由、迎えが来なければ良いと思った理由は、其れでは無くて。

「……私、………私、綺麗、では、ありませ、ん、
 ―――――― 私、 も、う、」

行かなくては、此れ以上喋ってしまう前に。
此れ以上、去り難くなってしまう前に。
――――そう思って、精一杯俊敏に動いた心算だったのに、呆気無く逃亡は阻止されてしまう。
捕らえられた左手に、生々しくざらつく『違和感』―――反射的に見遣った先、
相手の右手をくっきりと彩る、違和感の正体を認める。
僅かに瞠目し、息を詰めて強張らせた身体は、あっさりと相手の腕の中へ閉じ込められて。

「れ、……レギオン、さ、――――――……」

きっと、撥ねつけなければいけなかった。
穢したくないのなら、或いは、穢れたくないのなら。
けれども断固として拒絶するには、相手の懐は余りにも暖かく、
抱き締めてくる腕の力も、囁く声音も、蕩けそうに甘く感じられて。
ふ、ぅ―――――と一度、嗚咽めいた呼気を散らし、強張っていた四肢から力が抜ける。
相手の腕を振り解くどころか、其の腕に抱き止められていなければ、立っていられない程に。

「……こ、んなこと、しては、だめ、です………。
 レギオン、さ……んが、………折角、綺麗だと、思って、下さって、るのに、
 ………私、綺麗じゃない、って、……このまま、じゃ、きっと、
 ――――― 気付かれて、しまい、ま、す」

相手の腕の中で小刻みに震える身体が、見かけ通りの『白』では無いことも。
俯いて相手の胸元へ、口づけんばかりに寄せた唇が、とうに無垢では無いことも。
知られてしまう、きっと気付かれてしまう、だから、だからもう、本当に。

――――其れなのに、逃れられない。
まるで、互いの裡から染み出す呪いが、穢れが、縺れ絡み合ってしまったように、
―――――いつの間にか、己の右腕は相手の腰脇から背へ、縋りつく形に回されていた。

――――――とうに来ていても良い筈の、迎えが来る気配は、未だ、無い。

レギオン > 左手首に絡みつく指。触れて引き寄せる。
華奢な身体を、遠慮なく、仮借なく引き寄せていく。
瞠目する金色を、微かに細めた紅と碧が受け止めて、仄かな笑みの形を作り出す。
綺麗ではない、と訴える彼女の言葉に。

「何故――」

何故、そう思うのか?
何故、逃げないのか?

問いかけが、微かに唇から紡がれる。
それに、娘が答える必要なんてない。
小刻みに震える肢体を、両腕が抱き寄せる。
夏の熱が残った空気の中なのに、震える身体を両腕が抱いて、支える。
腕の中で響く、切々と紡がれる言葉は、まるで懺悔のように。
そして、縋りつく手指の、か細い感触はまるで迷子のように。
―――そう、感じるのは傲慢というものだろうか。

「お前は、案外馬鹿だな、ノイエ。
 そんなこと気にすることないのに。
 仮令そうでも、いや、そうだからこそ――お前は綺麗だよ。」

そっと、言葉と共に白金の髪に触れる感触を感じるだろう。
言葉を紡ぎながら滑り落ちる、微かな熱の感触。
ロングベールの薄い布越しに触れて。
その身がどれだけ穢れていようと、それでも、きっと彼女は『綺麗』と呼ぶに値する。
そう囁いて、そして。

「そんなに言うなら、確かめようか?隅々まで」

なんて、冗談めいた声音が、吐息となってベールを通って髪をなでる。

―――その刹那、曇り空の雲に月が隠れてしまう。
闇夜が、絡み合う二人の姿を暗く、黒く包んでいってしまう。
迎えはまだ来ない。だから、誰にも見られることもない――。

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