2020/05/07 のログ
ご案内:「王都マグメール 富裕地区/貴族邸バルコニー」にルシュ・アシドさんが現れました。
■ルシュ・アシド > 招かれた貴族邸のバルコニーで一人、長身の男は暗い夜空を見上げていた。
広間から響く談笑を耳に受けながら、黒地に銀の模様が描かれたシガレットホルダーを傾ける。
春の名残りのような涼風が男の長い黒髪を揺らし、口元から紫煙をさらっていった。
今夜は顧客の一人に頼まれ、サロン――いわゆる貴族達の私的な集いに参加していた。
文学や芸術への造詣を深めるための高尚なサロンも存在するが、
今日催されたのは単に宝石好きの主人が開いた茶会といったところだろう。
複数の貴族達にまとめて商談を持ちかけられるのは利点だったが、
あの場にいたほとんどの者が派手な意匠にばかり気を取られており、
商品の正しい価値を理解しているとは思えなかった。
自分の商談は既に終わり、今は別の商人が売り込み中である。
休憩がてらバルコニーへ足を運んだが、
このまま帰りの馬車に乗り込むか、会の終わりを待って主賓に挨拶をすべきか――
目下、それが悩みどころであった。
■ルシュ・アシド > 誰かが下品なジョークでも言ったのだろう、
広間からどっと沸いた耳障りな笑い声に、男は凛々しい眉を軽くひそめた。
手元のタバコをひと際深く味わい、小さな棘と一緒に吐き出す。
「ケルドゥめ……お前に何の価値がわかる」
無意識に零したそれは、南方の言葉で猿を意味するものだった。
この国が嫌いだ。腐った王家の下、私腹を肥やす貴族達も同じだ。
そう思いながら自分がこの国での商売に拘るのは、この国の女を慰み者にするのは、
彼らから金を毟り取り、貶めることでマグメールという実体のない何かへの
復讐をしているつもりなのかもしれない。
短くなったタバコを取り換える。この一本を吸いきったら出て行くか――。
立ち上る白い煙がゆったりと夜空に解けていくのを、
男は感情の見えない薄浅葱の瞳で静かに見送った。
■ルシュ・アシド > やがて屋内から自分を呼ぶ声が聞こえ、一人の時間は唐突に終わりを告げる。
男は苛立った顔にいつもの温和な笑みを貼り付けると、尚も続く茶会へと戻って行った。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区/貴族邸バルコニー」からルシュ・アシドさんが去りました。