2018/05/03 のログ
■紅月/コウゲツ > 祖国であれば付喪神にでもなれただろうに…天使に祈りを捧げ、ひとつ息をつく。
すると、不意に、気配…常人にしては控えめな足音。
何の気なしにゆるり、片膝を立てて振り返れば、黒髪の男が独り。
彼の放つ声色に、何故、と…口を薄く開いたのだが、続いた言葉に詮索をやめた。
代わりに、穏やかに笑んで。
「…わかった、すこし待っておくれね?」
再び天使に向き合い、祈る。
…西の地の神よ。
今もこの地を見守って居られるのなら、きっと、何らかの事情があるのだろう寂しげな目をした彼に…どうか、祝福を。
ゆっくりと目を開き…膝をついたまま男を見上げ、口を開く。
「…この地の神が、異国の者の祈りも聞いてくれればいいんだけど」
困ったように、笑った。
■フェイレン > 突拍子も無い願い事に、女は困惑や拒絶を示すことなく微笑み、
もう一度起き上がったばかりの天使像へと祈りを捧げた。
「……すまない」
その背に向け、呟くように感謝を告げる。
二度の祈りを終えた彼女が再びこちらを見上げると、高い位置で括られた髪がさらりと揺れ、
色のほとんどを失ったこの教会に鮮やかな彩を添えた。
初め、その服装から自分と同じくシェンヤンの血統かと思ったが、
どちらかと言えば東の果てを思わせる顔立ちをしているようだ。
彼女の口から異国という単語を聞き、男は緋色の髪に視線を絡めて問いかける。
「……旅人、か? そのような髪の色は見たことが無い」
赤茶や紫がかった赤であればさほど珍しくはないだろうが、根元から毛先まで、これほど完璧な赤髪は初めてだ。
平時であれば、通りすがりの者にこんな風に声を掛けることはなかったが、
思い出の地で起こった、自分の立場を知らぬ者との出会いは、青年をいつもよりほんのわずか饒舌にしていた。
■紅月/コウゲツ > 旅人かと問われ、一瞬なんと答えるべきか悩んだ。
髪色で言うならば確かに、人間という視点で考えれば祖国にすら居ない。
かと言って、モロに魔族と戦争中のこの国において『異形です』などと言うのも憚られるし…神前で嘘をつくのは更に気が引ける。
「…、そうさね、ずっと遠い遠いところから。
血縁に精霊がいてね、たぶんその加護みたいなモンよ」
髪を右手指にくるりと絡めて見せながら言う…もしかしたら困ったような笑顔になっていたかも知れない。
…嘘は、ひとつも言っていない。
けれども少し、罪悪感があるなぁと思わずにはいられなかった。
■フェイレン > 青年の質問に、彼女はわずかに沈黙したようだった。
やがて導き出された精霊の加護という言葉はどこか誤魔化しているようにも聞こえたが、
人間より外の世界の力が働いているのなら、先ほどの怪力も納得がいく。
女の困ったような笑みを見ながらそこまで考え、質問したことを少しばかり後悔した。
――彼女は先ほど、自分を詮索しなかったではないか。
「……そうか」
そう気が付くと、何を話していいかわからなくなる。
しかめっ面をしつつ助けを求めて像を見やるが、天使は薄く微笑んだまま答えはしない。
「この教会を大切にしていた者を、知っている。……きっとお前に感謝するだろう」
遥か、雲の上から、きっと――。
もうほとんど思い出せない両親の顔を瞼の裏に浮かべ、青年は一度息を吐く。
彼女の行いに報いるにはどうするべきだろう。考えてみたところで自分に出来るのは、ありきたりな忠告だった。
「……この国は立ち寄るにはあまり薦められない。女一人であれば、特にだ」
その意味を彼女は理解しているだろうか。
色欲と凌辱に塗れたこの国の洗礼を――この穏やかに笑う娘も、既に経験したのだろうか。
この豊満な胸で、すらりと伸びた肢体で――。
そんな下世話な思いがちらつき、気まずさからふいと視線を逸らす。
■紅月/コウゲツ > …あっ、なんか困ってそう…なのかな?
表情の変化の乏しい彼からは何となしにしか読み取れないのだが、そう…何となく、そんな気がする。
けれども気付かぬふりをして、像を見上げた男につられて自分も天使を見上げる。
「そっかぁ…ふふっ、もしかしたら呼ばれたのかもなぁ、その人に。
私でも天使様に起きて貰うのに骨が折れたんだもの、これが普通の人間だったら何人必要になるやら」
役立てたなら何よりだよ、と、微笑んで。
そして、思い出したように祭壇に置いていた封魔の腕輪をはめ直しつつ、男から忠告の言を聞き。
「あー、確かに…少々物騒みたいだねぇ?
とりあえず平民街に宿取ってるけど、たまに道から騒ぎが聞こえるわ」
苦笑し、次いで。
「ま、冒険者やってて腕っぷし頼りに遺跡やら潜ることが多いからアレなんだけどね?
後は…森で採取とかも楽しいやなー?」
なんとも、危機感の薄そうな返答である。
■フェイレン > 忠告は男の意図通りには伝わらなかったようだ。
装備を整える姿を見届け、確かに彼女であれば、そこらの男に組み敷かれてしまうような心配は無用に思う。
だがその微笑みと口ぶりからは、お人好しが過ぎるようにも感じられた。
「……そういう意味じゃない」
軽く額を抑えた拍子に漏れた声は、呆れとも諦めとも取れるものになってしまった。
この国に居る以上、正しい意味はいつか、嫌でも理解する羽目になるだろう。
その決定的な出来事が彼女にとって、悪いものでないことを願うほかない。
青年は彼女に向き直ると、腰に差した小太刀を鞘ごと抜き、己の眼前で水平に掲げた。
鞘と柄それぞれを手で掴み、軽く左右に引いて、鞘から少しだけ刀身を覗かせる。
「神に祈ることは出来ないが……せめてお前の旅路が明るいものであるよう、まじないをしよう」
そう言うと再び両手を引き寄せ、刀を素早く鞘に納めた。
白い刃が黒い鞘に吸い込まれると、キン、と小気味よい金属音が礼拝堂に高く響き渡る。
――退魔のまじないだ。
役目を終えた小太刀を同じ位置に納め、青年は身を翻して歩き出す。
出口へ向かう途中、一度だけ振り返り、黒曜の瞳に緋色の髪を映して。
「……祈ってくれたこと、感謝する」
そう言い残すと、教会を立ち去った。
■紅月/コウゲツ > あらら、呆れられちゃった。
けれどもまぁ、これで良かったのかもしれない…少なくとも、祈ってくれと言ってきた時の悲しげな空気は霧散したように思う。
なんだかガックリしている様子の男を眺め、また、クスクスと笑うのだった。
そして、まじないをと言う彼にきちんと向かい合い、小太刀の奏でる音を聞けば。
「いい…音ありがとう」
と、嬉しげに笑んで。
踵を返した男の背をのんびり眺め、振り返った彼に笑顔で手を振る。
「うん、お兄さんも…縁があればまた、何処かで」
…紅月は彼の背が見えなくなるまで、のんびりと見送ったのだった。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区/教会」からフェイレンさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区/教会」から紅月/コウゲツさんが去りました。