2015/10/10 のログ
ご案内:「王都マグメール 富裕地区2」にネックレスさんが現れました。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区2」からネックレスさんが去りました。
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■ネックレス > 「…そう、いいかね。つまるところ、仮に神という存在が本当にいたとして、我々がそんなものを気にする必要はないのだよ。」
高級住宅街をゆっくりと進む、まるで軍隊の輸送用馬車かと見紛うような巨大で豪勢な馬車の中。スライムを積み重ねて人の形を作ったかのように輪郭の不出来な大男が、灰色に濁った瞳を窓の外に向けながら御者に語る。
御者は無言で馬車を操るが、それは男を無視しているというよりも己の職務を全うしようと忠実に働いているためだろう。
そんな御者の態度に、馬車の中の男は気にした素振りも見せずに、傾けたグラスの中の液体を飲みほし言葉を繋げる。
「だがね、信仰というものは理解するべきだ。神は我々の仕事に何の影響も及ぼさないが、信仰というのは我々の仕事にとって決して無視できないファクターなのだよ…。」
カラン、と、グラスの中の氷が乾いた音を立てる。男は馬車の中に据えられた扉付の棚に並ぶ高級そうな酒瓶から一つを取り出すと、開けたグラスに注ぎつつ独り言じみた言葉を続ける。
「…いいかね。強い信仰を持っている娘というのは、言い換えればどれだけ追いつめられても縋るものがあるということだ。そして人というものは何か希望さえ残っていれば、そう簡単に壊れることはない…」
グッグッグッ、と、喉の奥からまるで蟇蛙が鳴いているかのような音が漏れるが、御者はそれが男の笑い声だということを知っているので、何のリアクションも起こさない。なみなみと酒の注がれたグラスを掲げ、男は琥珀色の液体越しに窓の外の景色を眺める。
「…つまりは、その娘の心をいつ壊すか、どうすれば壊せるか、容易にわかるということだ。心折れぬ奴隷が欲しければ信仰を与えればよい。絶望した奴隷が欲しければ信仰を折ればよい。簡単だろう?」
はい、そのとおりでございます。と、御者はようやく言葉を口にする。無茶苦茶ともいえる男の理論に、御者如きが異論を挟めるはずもなく、事実男がそうやって権力を得たのだから逆らうだけの根拠もない。御者の反応に男は満足げに目を細め、再びグラスに口をつける。
■ネックレス > 何時になく男が多弁なのは、別にお酒の勢いというわけでもない。魔力によるものか単なる体質か、御者は男がどれだけお酒を飲み干そうとも酔ったところを見たことがないのだから、たかがグラスに数杯の酒で平静さを失うことなどあるはずもなく。きっと先程売り払った奴隷のことを思い返しているのだろう。いや、終わった商売のことよりも、新たに奴隷を手に入れることでも考えているのだろうか…と、珍しく集中を欠いたのがいけなかった。角から不意に飛び出した一匹の野良猫に、思わず手綱捌を誤って馬が嘶きながら前足を掲げる。どうどう、と慌てながらもすかさず馬を宥めたのは、流石というべきなのだろうけれど。それでも御者は顔を青ざめながら、馬車の中に向かって額を地面にこするかのように謝罪する。
「…あぁ、いい。大丈夫だ。咎めはせん、よ。」
言いながら、ぬぅ、と男が馬車から降りる。暗がりに見るその巨躯が地べたに跪く御者に影を落とし、御者はますます青ざめる。
「あぁ、安心しろ。何も貴様を罰するために馬車を降りたんじゃあない。…それよりも、ここはどのあたりだったかな?」
男の言葉に取りあえず助かったのかと安堵しながら、しかし今度こそ礼を失さぬようにと御者は答える。王都富裕地区の外れ、平民地区に差し掛かる橋の手前、と。
「ふむ。そうか…よし、折角だ。ワシはこのまま少し風に当たって行こう。貴様は先に門のところで待っていろ。」
男の言葉に御者は驚き目を見開く。男を恨んでいるものは多い。危険です、と、思わず口にするが、男は煩わしげに手を振って御者を覆い払う仕草。
「ここで馬車が停まったのも、きっと偶然じゃあない。ワシの強運のなせるものよ。…おそらくこの付近に上質の娘がおる。まぁ、大人しく待っとれ。手土産持って合流してやるわい。」
ぐっぐっぐっ、と男が笑いながら御者に背を向け歩き始める。御者はもう一度男を止めようかと足を踏み出すが、これ以上は男の機嫌を損ねかねない…そう思い至れば結局男に従うしかなく。御者は馬車に乗ると男と別れ別の方向へと馬車を走らせる。
■ネックレス > ――数時間後――
待ち合わせの場所で男を待っていた御者は、男の姿を確認すると馬車の扉を開けて深々と礼をする。
宣言どおり、身ぐるみ剥いだ年若い少女を肩に担いでやってきた姿に改めて感心し、涙を零したまま呆然としたその顔を一瞥して男に声をかける。流石、上等の商品を入荷されたのですね。と。
しかし御者から視線を逸らし、ワザとらしい笑みを浮かべる男の様子に不自然なものを感じ――もしや、と思い至ったその表情に男も気付いたのだろう。ばつが悪そうに馬車に乗りながら男は告げた。
「…いや、つい種付けしてしまった…どうする価値と考えねばの…。」
ヤレヤレ、また悪い癖が出たか、と思いながらも御者に男を責めることなどできるはずもない。男が馬車に乗ったのを確認して、御者は再び馬車を走らせる。
石畳を走る振動とは別に馬車が揺れている気もするが、それもまた、御者には口出しできぬこと。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区2」からネックレスさんが去りました。