2021/08/17 のログ
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からソルさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」にグリセルダさんが現れました。
■グリセルダ > 「――――――それでは、失礼致します。どうぞ、また御贔屓に」
屋敷の裏手、通りに面した扉を潜り、振り返ったところで静かに一礼。
見送りに出た老執事が扉を閉じるまで、その姿勢を保ってから、
ゆっくりと背筋を伸ばし、豪奢な佇まいの屋敷を振り仰いで。
「………は、ん。
とんだ成金野郎だわね、顔にも言葉づかいにも品が無いし」
目深に被っていたフードを肩へ落とし、ローブの前を掻き合わせて、
溜め息交じりに毒づいたついで、べぇ、と舌を出してみせた。
携えてきた水晶玉を懐へ収め、屋敷を背にして通りへ踏み出し、
「金払いだけは悪くなかったけど、目つきが気に入らないわ。
今度呼ばれたら、何か、理由つけて断ろう」
今夜は適当に、屋敷の主を持ち上げてやったけれども、
占い師としてではなく、女として見られていたのは明らかだ。
もう少しボリュームのある体型だったら、即、寝床へ引き摺り込まれていたかも知れない。
客層もあまりよろしくなかったし、ここへはもう、呼ばれても来ないことにしよう、と、
―――執事に述べた辞去の挨拶とは真逆な思考を巡らせつつ、石畳の上に靴音を響かせ。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」にルヴナンさんが現れました。
■ルヴナン > その声は当然のように娘の背後で響いた。
「いやいや、まったく仰る通り。同情するよ。
男爵は成金で、ついでに言えば筋金入りのロクデナシだ。」
滑らかで、面白がるような男性の声。
「同情するよ」という言葉の響きが酷く軽い。
振り向けば、娘の視線に映るのは仮面の男か。
それともその仮面に映る歪んだ自分の姿か。
どちらにせよ――仮面の下の唇は笑み浮かべて、言葉を交わすのに不足のない距離で佇んでいる。
見覚えがあるかどうか。
先程まで娘が占っていた中年男に呼ばれていた客の一人。
その中で一番退屈そうに欠伸を噛み殺していた人物。
「だが、君の占いの腕は見事なものだった。
顧客を喜ばせる話術も含めて、ね。」
続くのはそんな賞賛めいた言葉。
くす、なんて形容が似合いそうな笑声をひとつ添えて。
■グリセルダ > 「――――――、はい?」
不意に背後から声が聞こえたものだから、怖がりの娘は総毛立つ。
辛うじて悲鳴を上げる醜態だけは避けられたが、振り返る仕草はぎこちなく、
背後を窺う眼差しは、こわごわと、という形容がぴったりな様子。
しかして、背後にいつの間にか佇んでいたのは、この界隈に似つかわしい身形の男。
見覚えはあるような、無いような――物言いから判断するに、先刻の屋敷に招かれていた客だろう。
――――僅かに間を措いて、ローブの袖口でそっと口許を覆い、
ほほ、と取ってつけたような笑み声を洩らし。
「嫌ですわ、お恥ずかしいところを……、
わたくしに、何か御用でございますか、旦那様?」
躰ごと向き直り、顔の上半分を覆う仮面を見つめているうち、
その人物に関する記憶が蘇った。
確かに屋敷の招待客であった筈、ならば、上客たり得る男。
素早くそこまで計算した結果、再び接客モードの猫を被ることにする。
小首を傾げる角度すら、芝居がかった、計算された角度である。
■ルヴナン > 娘が驚く様。
ビクッ!なんて擬音が似合う様。そして恐々と振り向く様を見ていた。
小さく、また笑声が仮面の下の唇から紡ぎ出される。
表情を映すのがそこしかなければ、笑みを浮かべているとしか判断できぬ様相で。
「本当に。誰が聞いているかわからないからね。
悪口を言うなら、言っても笑って許してもらえる関係を気付いてからか
誰にも聞こえない場所で言った方が良いと思うよ。」
まずは、そんな忠告めいた言葉。
けれど面白がっているような声で紡がれれば説得力は薄い。
どちらかといえば、その発言が男爵とやらに届いていればいいと思っているような声音。
その色は変えない侭、小首を傾げる仕草に言葉を向けて
「――それともうひとつ。猫を被るのは遅いと思うよ。まあ、良いけど。
ひとつ、私の仕事を頼まれてはくれないかい?報酬は弾ませてもらうよ。」
話が早いと提案。
指先をくるりと回してみせる。
胡散臭い話、という匂いを感じてしまうかも知れない。隠そうともしていないけど。
■グリセルダ > うふふふふ、なんて控えめな笑みを崩さずにいたものの。
視線がちらりと、たった今出てきたばかりの屋敷の方を窺ってしまう。
「そう、そうですわね。
山育ちの田舎者なものですから、礼儀に疎くてお恥ずかしい限り……」
です、の二音が、声にならずに凍りつく。
遅ればせながら被った猫が、ずるりと滑り落ちる幻が見えたかも知れない。
――――こほん、わざとらしい空咳をひとつ挟んで、
「お仕事を頂けるのは嬉しいことですわ、旦那様。
王都では、日々の暮らしにも随分お金がかかりますし……でも」
にっこりと、先刻までよりも鮮やかな笑顔を向けて。
「さきに、お仕事の内容を伺いませんと。
それとも、こんな往来では言えないようなお仕事でしょうか?」
だったら勿論お断りだ、全力で逃げ出そう。
そんな決意は胸に秘め――――たつもりだけれど、恐らく駄々洩れになっている。
所詮は駆け引きの不得手な、田舎者なのだった。
■ルヴナン > 猫がにゃーと鳴いてずり落ちて消える。
そんな幻想。
迂闊、という二文字が相応しいが、それは責められるべきことではないだろう。
だから、空咳に言葉を返してしまおう。
「礼儀知らずは此方もそうだから、気にしなくて構わないよ。
何せ、漸くこの段階で名乗るのだから。
ということで、私はルヴナン。ルヴナン・M・デファンデュ男爵だ。
君は、グリセルダ――で良かったかな?」
そこで漸く、名前を交換しよう。
次いで向けられる笑顔。ああ、猫を被っているより余程猫らしい。
その笑顔の方が余程、魅力的だ。
「おや?往来で言えないような仕事も引き受けてくれるのかい?
流れの占い師様は随分とサービスが良いんだな。
仕事の内容は屋敷についてから説明する――では駄目かな?」
“………は、ん。
とんだ成金野郎だわね、顔にも言葉づかいにも品が無いし”
説明責任を果たさない言葉に。
聞き覚えのある声で、言った覚えのある台詞が重なるだろう。
また、くるりと回る指先に点ったひとつの魔術文字。そこから流れる音声。
「――駄目かい?まあ、心配しなくても無事帰れることだけは保証しよう」
そこに重なる言葉がまたひとつ。
■グリセルダ > 何しろ怖がりなので、警戒はしている。
しているのだが、恐らく、方向性がずれているのだろう。
あるいは、警戒している方向を意識するあまり、綻びが見つかりやすい、とでも。
ともかくも、先に名乗った点だけは評価しよう。
ただし、こちらの名前も憶えていた、という点は頂けない。
ひく、と口端が引き攣れるのが判った。
「はい、親からもらった名はグリセルダでございます。
でもどうぞ、男爵様のお好きにお呼び下さいまし」
ローブの端をちょいと摘まみ、片膝を折る挨拶を。
だがしかし、サービスとして提供しているのはそこまでだ。
「恐れ入りますが、男爵様、――――――」
満面の笑みを顔に貼り付けたまま、そういうサービスはやっていません、と、
きっぱりお断り申し上げるつもりで開いた唇が、半端なところで強張った。
空に何某かの文字を描く指先と、男がつけた仮面の目許。
改めて見直す、人相、風体――――どこに仕掛けがあるのか、更に罠が仕込まれているのか、
心持ち眇めたピンクの瞳が、暫し、じっとりと這い回るも。
「――――――無事に、きちんと報酬を頂いて、帰れる、と保証してくださいまし。
それでしたら、お話を伺うくらいはいたします」
溜め息を吐いて、ちゃっかり報酬の部分へも確約を求めた上で。
あくまでも、話を聞くだけだと――――受けるか否かは、聞いてから、だと。
それで、精一杯、防衛線を張ったつもりだった。
■ルヴナン > 好ましい――というような表情は仮面の下の唇から消えない。
無力な少女が生きるのに必要なものは概ね備えている。
だから、余計に――と、引き攣る唇を見逃さない侭、笑みを添えて。
「グリセルダと呼ばせていただくよ。
可愛らしい占い師殿、というのは男爵閣下と被ってしまうしね。
私のことも、ルヴナンで良い。男爵様、なんて呼ばれるのは好きじゃなくてね。」
軽く肩を竦めてみせる。
口元の笑みに苦笑のそれが宿ったのは、好色気に少女を見つめる脂ぎった成金を思い出したせいか。
それとも、サービス染みた仕草を見たせいか。
少なくとも、罠にはまった獲物を嘲笑う表情ではなかった。
「勿論。誓約しよう。
仕事を果たせば、無事に報酬を渡して君を送り届ける。
話を聞くだけでも、勿論構わないよ。」
滑らかな言葉は、少女の要求をあっさりと確約する。
仮面に映るのは歪んだ娘自身の顔。その奥の瞳は見えない。存在するのかしないのか。
刹那――どこからともなく、馬車が奔って来る。黒い馬車、帽子と襟で顔を隠した御者が操る馬車。
「さぁ――どうぞ」と仮面の男の手がエスコートするように伸びて。
■グリセルダ > ――――ぞわ、と背筋に寒気が走る。
先刻辞してきた屋敷で、この手を両手でべったり握り、
頬擦りせんばかりにしていた成金貴族の顔を、一瞬で思い出した所為だ。
思わず眉間に皺を寄せてしまいつつ、振り切るように小さく頭を振って、
「かしこまりました、それでは、わたくしもルヴナン様、と。
――――――お約束、いたしましたよ?」
約を違えるような素振りを示したら、水晶玉を叩き付けて、
この不気味な仮面を真ん中から叩き割ってやろう――――などと、
物騒な考えを抱いているのは、勿論、秘密にしているつもりだ。
実際には、何か物騒なことを考えています、と、顔に書いてあるような有り様だったろう。
ともあれ、滑るように傍らへ近づいて止まった馬車と、手を差し伸べる男の姿。
それらを二度ほど見比べてから、褐色娘の掌は男の手に重なる。
裾の長いローブを翻し、開いた扉の中へ、と――――。
■ルヴナン > 「――勿論。」
そんな言葉を残して、二人の姿は馬車に消える。
走り出す馬車、その中でどんな会話があったか、娘がどうなったか。
それは、二人だけが知っている。
少なくとも確実なのは、間で何があろうと、娘は無事送り届けられたということで。