2018/04/29 のログ
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」にリーセロットさんが現れました。
リーセロット > ブロンクホルスト家の屋敷は静まり返っていた。
すでに家人が就寝したというのは勿論だが、当主の妻であるメラニーが今夜は不在だということが大きい。
彼女が特別騒がしい性格だというわけでもないのだけれど。

―――結局、父ではなく母がこの家の実権を握っているからなのだろう。

産まれた瞬間より貴族の娘に扮している夢魔の少女は、自室のベッドでぼんやりと窓の外を眺めていた。
母が不在だといっても完全にその目がないわけではなく、自分がどこで何をしていようと把握されているはず。
それでも幾許かの高揚感のようなものがあり、なかなか寝付けないでいた。

(今から外を出歩いたらお母さま怒るかしら…)

ついに眠ることを放棄するとベッドから抜け出し、窓を開ける。
穏やかな夜風と共に空気の匂いが入り込み、少女はゆっくり息を吸う。
そして視線は屋敷の外へと。

ご案内:「王都マグメール 富裕地区」にエズラさんが現れました。
エズラ > それはまったくの偶然という他なかった。
傭兵としての仕事に就いていない期間は、日雇いの荷運びから娼館の用心棒まで、手広く引き受けている。
今日も今日とて、王都の裕福地区にある屋敷で行われる社交パーティーの臨時警備としての仕事に就いていた。
それも先ほど終宴し、ようやく解放されたのである。
貸与物である警備服と警帽は、後日の返却が義務付けられてはいたが、今夜はもう遅い――このまま何処かで一杯引っかけて帰途につこう――
そんなことを考えながら、ふと何者かの気配を感じ、男は窓の方を見たのである――

「……こんばんは、可愛いお嬢さん」

気付けば、勝手に口が動いていた。
深窓の令嬢――なんていうのは、このあたりにはいくらも居るのであろうが――
ともかく、その異様な美しさに、思わず目を奪われてしまったのである――

リーセロット > 自分はここから出られなくとも家々に灯る明かりを見るだけで、
夜道を颯爽と歩く者を見るだけで、何故だか心が浮く。
そんな少女の視線が男とかち合ったのは偶然であり、必然でもあっただろう。
しかし何故か一方的に見るばかりで、相手には気付かれないものと
勝手に思っていた節があり、さすがに一瞬戸惑いの表情を浮かべた。

「…………こんばんは」

それでもどうにか挨拶を返し、小さく会釈をする。
寝乱れた髪がゆっくりと、さらりと、首筋を垂れていった。

「…ごめんなさい。お邪魔をしました」

不意に口をついたのはそんな言葉であった。
自分が窓を覗いていたばかりに仕事中なのだろう相手を引き止めてしまった。

エズラ > 耳に届く声は、想像していた以上に幼さを残すもの。
わずかな会釈に合わせて、柔らかそうな髪がその肌を滑っていく。
それら一つ一つが、無性に男の心を奪った。

「邪魔――いや、別に……ああ。いや。仕事は、もう終わったんでな――」

着慣れていないせいか、自身の格好を失念していた。
少女は自分のことを、警邏中の憲兵か何かと勘違いしているようであった。

「今は仮の姿というか――まぁ、いい。こんな時間に窓辺に立って外を見てたら、妙な輩につけ狙われるかもしれねぇぜ」


例えばオレとかな――くっくっ、と冗談めかして笑う。
男の口調は、およそ憲兵や警備員のそれではなかった。

リーセロット > 「そうなのですか…」

貴族の娘という立場上、どうにも汗水たらして自らの実力で生きる世界には疎い。
また、守られていることが当然であるため、彼の言葉には欠片も現実感を見出せず、ころころと笑い。

「そんなこと…。 私が騒げばすぐに人がきますし、それに―――…」

『私を傷付けるような真似をすれば母の仕掛けた魔法陣が発動します』とは言えないけれど。
だからこそ少女は無防備に振る舞い、警戒心を持たない。ここ、我が家では。

「お仕事が終わったのなら今からお家に帰るのですか?
 …そうなら私に見送らせてください。そのお背中に手を振らせてください。
 なかなか寝付けなかったので…そんなことでもすれば、気持ちが落ち着いて眠れるかもしれません」

もしかしたら眠る前に人と話したかったのかもしれない。
静かな屋敷で1日過ごすだけではやはり、刺激が足りなかったのかも。
そんなことに今頃気付き、つい、妙なお願いを初対面の彼に。

エズラ > 「おっと、人を呼ばねぇでくれよ――あんなこと言っといてナンだが、別に妙な気を起こすつもりはねぇからよ――」

騒げば人は来る――そんなことにでもなったらまずい――何より今は、自分の格好が。
そして、続いて発された「お願い」は、男にとっては少し残念なものであった。
も少し、他愛もない会話をしていたい、という思いもあったが――
何処かで酒を食らって無為な時を過ごすよりも、美少女に見送られながら帰途につくというのも、それはそれで得難い経験かもしれない。

「――それじゃ、お嬢さんの安眠に、一役買うことにするぜ」

ひょい、と片手を挙げて別れの挨拶代わりに。
後はもう、彼女の望む通り――きびすを返し緩やかな足取りで帰途につくのであった――

ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からエズラさんが去りました。
リーセロット > 不思議な人であったけれど、こちらの妙なお願いを受け入れ叶えてくれた。

「……おやすみなさい」

おそらくその声は当の彼には聞こえない。
小さくなっていく背が見えなくなるまで手を振り続け、完全にその気配が途切れた時。
少女はようやく窓を閉め、まだ自身の体温が残るベッドへと、もぞもぞと戻っていった。

眠りに落ちるのは間もなく。
今夜は途中で起きることもなく、静かに穏やかに夜は更けていった。

ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からリーセロットさんが去りました。