2017/07/12 のログ
アザレア > 「………み、ぎ」

表なら右、裏なら左。
なけなしの所持金に己の運命を委ね、取り敢えず向かう方向を決める。
背後に佇む屋敷から、追っ手のかかる気配は未だ、無い。
ぶかつく靴で石畳を鋭く蹴り、小柄な娘の身体は瞬く間に、闇夜に紛れる。
――――――その先に待つものが何なのか、己自身にも未だ、わからない侭。

ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からアザレアさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区 劇場練習室」にアリアンさんが現れました。
アリアン > 閉め切った練習室に、ヴィブラートを利かせた歌声がわんわんと響き渡る。
防音が行き届いているので、室外にまで声が漏れることはないが、フルスロットルで解放された歌声が壁と窓をびりびりと震わせていた。

「見よ、聖王の輝きを。知れ、そのいさおしを……」

そこまで歌って、ふと歌詞をど忘れしてしまい、歌声を止めて楽譜を取りあげて確認。

「知れ、そのいさおしを。……ヤルダバオートも嘉したもう」

いやーねー歌詞のど忘れとか、などと呟きながら、隅の椅子にすわり、持参の水筒を取り上げて水を一口。

アリアン > いかめしい叙事詩など歌っているからいけないのだ、と結論付けて、楽譜を入れ替える。
本当は大祝宴のいずれの日かで歌う必要があるので、こちらを重点的に練習すべきなのだが、どうにも気がのらない。
気が乗らない練習を続けると喉によろしくない、と無理やり結論付けて、取り出した楽譜は甘いラブソング。
今はこちらの気分。
傍らのピアノの鍵盤をポンポンと叩いて音を確認すると、スカートの中で両足を開いて立ち、背筋を伸ばして緩やかに歌いだす。

「今宵はなんと素晴らしい
 薔薇の中であなたと出会う
 花びらの褥で抱き合おう
 私の愛はあなたのもの」

通俗的な歌だけれど、今の気分に合っている。
上下する音階、ヴィブラート、ファルセット、正確無比に声帯を使いこなして甘い歌を歌う。

「かわす口づけは優しく
 語る言葉は少なく
 誰にも知られることのない
 甘い夜にいざ狂え」

アリアン > 「……いざ狂え」

最後のフレーズを繰り返して歌い終わり、ふうと息を吐きだす。
エルフの血を継いだせいか、強靭な声帯は限界知らずに歌えるが、今日はこのぐらいにしておいた方が良いかもしれない。

「それにしてもなんと孤独な作業か……」

本当は使用予定のないステージで、スタッフにヤジられたり褒められたりしながら歌うのが好きなのだが、今夜は使用されているため、練習室にこもらざるをえない。
ふと髪をかき上げ、指先が少し尖った耳に触れる。

「……別に、何も感じないけれど」

ぐにぐにと耳殻を指でいじりながら、じゃあどうして昨夜はあんなに耳を触られて感じてしまったのかと1人で赤面。
自分や友人が触れても、何ともないのだけれど。

「相手や状況によるってことなのかしらねえ…」

アリアン > 「な、なにを一人で考えているの、私は」

少なくとも、練習室でこもって考えるようなことではない、と自分を叱りながら、バサバサと楽譜をかき集め、ケースに入れて脇に抱える。

「さて、今夜はお家でおとなしく寝ましょうかね……」

誰にともなく言いながら練習室の明かりを消し、カツカツと踵の音を響かせながら劇場を出ていく。

ご案内:「王都マグメール 富裕地区 劇場練習室」からアリアンさんが去りました。