2017/04/04 のログ
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」にヴァンさんが現れました。
■ヴァン > 「あぁ、やはり夜は遊び歩かなければ。家に籠るなどとんでもない」
いつも通り煌びやかに、男は富裕地区を闊歩する。
クラブに行くか、或いは高級な料理に舌鼓を打つか。
在り来たりな選択肢を思い浮かべ、その表情に困り笑いを貼り付ける。
「ふむ、そうだな。何かいつもと違うことがしたい。こう、面白いものを探さねば」
どうしたものか。小さく呟き、一先ずは大通りへ。
馬車などは用いず、自らの足を頼りに、とりあえずは一巡りしてみることにする。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」にチェシャ=ベルベットさんが現れました。
■チェシャ=ベルベット > 綺羅びやかな通りには仕立てのいい服を纏った紳士や淑女が連れ立って歩いている。
貧民地区では見かけないランプの灯りも煌々とたかれていて
この辺りには暗さの一欠片もないような明るさだった。
だが、そんなきらびやかな街の隅にあって一点だけ黒い影が居座っている。
ベルベットに似た毛並みの黒い子猫だった。
木箱の上で前足を畳んで寝そべり、じっと片目を開けて行く人々を眺めている。
時折、道行く人がその猫を撫でたり餌をやったりしているが愛想の欠片も見せなかった。
ふいに黒猫の視線が若い紳士であるヴァンとかちあったような気がする。
■ヴァン > 気の向くままに動く足取りは、そのまま大通りを遡る様に進む。
人の流れを逆らう様に。何せこれから男は夜の街へと遊びに行くのだ。
品のいい紳士淑女のように家に帰って家族と仲睦まじく過ごしたりはしないのである。
やがて歩き進んだその先、ふと金の眼に目が合った。
黒猫だろうか。随分と毛並みが良く、どこか大人びた雰囲気だ。
普通の猫とは大凡違う雰囲気に魅せられた男は、軽い足取りを猫の元へ。
「やぁやぁ、そこの素敵な黒猫殿。行き交う人は楽しいかな?」
大仰な仕草で声をかけ、柔らかな笑顔を向ける。
それが男のいつも通り。本気かどうかも定かではない、不明瞭な笑みだった。
■チェシャ=ベルベット > 黒猫にわざわざ挨拶をするヴァンを人々が一瞬奇異の目で見る。
だが、彼の大仰な仕草と柔らかな笑顔、品の良い身なりがすぐに人々の視線を退けた。
挨拶された黒猫はといえば、ちらりと片目をヴァンに向けて大きなあくびを一つ。
さも面倒くさそうに寝そべっていた姿勢を起こして、おすわりのポーズに変えた。
尻尾がゆるりと揺れ動く。
「こんな猫に話しかけるだなんて、お兄さん物好きだね。
それとも変人のたぐいなのかな」
猫の口から澄んだ少年の声が漏れる。
どこか冷たく人を小馬鹿にしたがるようなツンと澄ました声だ。
道行く人々は誰もこの声には気づいていない様子で通り過ぎていく。
実に不思議な話だがどうやら猫はヴァンにしか聞こえない声で話しかけているようだ。
■ヴァン > 男に向けられる奇異の視線は、しかし男からすればいつも通りだ。
案外、またこいつか、などと思われているかもしれない。変人だという自覚もある。
目の前、挨拶に居住まいを正す黒猫からは、涼やかな少年の声が返ってくる。
一瞬周囲を伺うも、他にこの猫を見る気配はない。つまりは、己にだけかと得心した。
「ふふ、自分が変人である自覚はあるし、物好きだという自負もあるさ。ついでに放蕩貴族だとも。
それにしても、うん。綺麗な声だ。ただの猫ではないと見受けたが、私の目に狂いはなかったようだね。
重畳、重畳。商人としての目利きは、まだ衰えてはいないらしいよ。素晴らしいことだ……!」
心から楽し気に、しっとりとした声が漂う。切れ長の瞳は優しく細められ、猫を慈しむかのように見つめていた。
こうして道端で、喋る猫と会話をするなど、そこいらの人を相手にしていてはまず味わえない。上等な娯楽だ。
さて、どれほど楽しめるだろうか。僅かに品定めをするような視線を向けるが、すぐに不躾かと思い直して。
「さて、自己紹介をしておこうか、黒猫殿。私はヴァン。このマグメールの一貴族にして、しがない商人にして、魔法具作りを営む変人だ。
君の名は何という?折角の素晴らしい出会いだ。黒猫殿に付けられた名を耳にする栄誉を得たいのだが……構わないかな?」
相変わらず、芝居がかった仕草で一礼すると、顔を上げるなり首を傾げた。ふざけている様にも見えるが、男は至って真面目だった。
■チェシャ=ベルベット > 人々の奇異の視線を受けても動じず、涼やかに受け流した男を見て
黒猫のひげがぴくぴくと何かを考えるかのように動いた。
彼が自ら自分を変人であると評している以上確かにそれは疑いようもない事実だ。
よく回る舌だなぁと内心思いながら、丁寧に名を名乗られた以上名乗りかえさないこともない。
「……チェシャ。チェシャ=ベルベット。
魔法具作りの商人ね……、腕前の方はどうだかしらないけど
この国じゃあ魔法具を作れる魔法使いは結構いるから
うかうかしていると客を取られちゃうかもね。」
一瞬だけ、ヴァンから品定めされるような視線を受けて
それを煙たいものでも避けるかのように黒猫が目を細めた。
だがそれも少しの間だけ、逆に猫は挑みかかるように鼻を鳴らしてヴァンに話しかける。
「僕を品定めする気かい?上等だね、
でも品定めしているのはこっちも同じことだ。
あんたがどんだけ優れた人間か、確かめてやろうじゃないか」
猫にしては大仰かつ生意気な言い草を放ち、青年を挑発しているようにも思えるだろう。
■ヴァン > そもそも、この男の一挙手一投足を理解できるものなどそう相違ないのだ。
気分に従い、心の赴くままに世間を歩き回り、ただ享楽を求めて彷徨う。
会話も食事も睡眠も性の交わりも、男にとっては等しく、享楽という価値しか持たないのだ。
しかし、その中でも喋る猫との出会いなどという摩訶不思議は、何かに替え難い価値があった。
「ふむ、ふむ。チェシャ殿か。良い名前だ。それにベルベットとな――嗚呼、その艶やかな毛並みは確かに。
名は体を表すとは良く言うものだ……おっと、これは手厳しい。腕前は、悪くないとは思うけれど、良いと言える程の自信はないね。
注文されれば、それに見合うだけのものを作り出すつもりでは居るけれど、世の中は広い。私には到底たどり着けない場所に居る者も、沢山だ」
困った、困った。そう呟く男の表情は、むしろそれすら楽しむようなもの。
己の粗相に感づかれてしまえば、また一度頭を下げ、まずは非礼を詫びる。
その上で、彼の挑戦的な物言いには、少しだけ思索した後に、満足げに頷きながら。
「構わないよ。私がどのような人間か、好きなだけ、満足いくまで見るといい。
しかし、そうだな。何らかの基準は必要だ。チェシャ殿には何か良い考えがあるかな?
私としてはこのような時間を過ごせるだけでも僥倖なのだが……誘いには乗るものだと心得ているからね」
何を、どうすればよいかな?と自信に満ちた笑みと共に、彼の答えを待つ。
それこそ、子供が興味を惹く物を見つけた時の様な、目の輝きを秘めながら。
■チェシャ=ベルベット > 猫の目が、青年を上から下までじっくりと探る。
金糸刺繍の服、宝石を散りばめた杖、それに常に余裕を浮かべた美青年の態度。
魔術師の端くれであるチェシャに、男の装備が
ただ単に華美なだけではないものであるのは明らかに判断がつく。
どれもこれもが魔術的な意図を持って組まれたものだ。
「基準なんて……そんなまどろっこしいことしなくてもいいのさ。
魔術師なら魔術師同士、魔術で語ればいい!」
だが、だからこそ勝負を挑まねばならないことがある。
猫の爪が空中をひっかくように伸ばされ、その先端から魔術で紡いだ糸が伸ばされる。
ヴァンならば看破は容易いだろう、魔術鋼糸と呼ばれる不可視の糸だ。
それが中空でゆらゆらと揺らめいたかと思うとぴん、と蜘蛛の巣のように張られ
狙うはヴァンの手にしている杖の宝石の内一つへそれを掠め取ろうとするかのように糸が迫っていく。
果たしてヴァンはこの攻撃を躱すのか、それとも――
■ヴァン > 猫の目は、夜闇に爛々と輝きながら、己を見定めようと探ってくる。
恐らくはこの装備がただ豪奢な物ではないと、すでに読み切っていることだろう。
ならば、それもまたよし。手の内がばれることも、或いはばれずに済むことも、全て過程なのだから。
「それもそうだ……っと、そうだね。魔法具が作れるから、自分は魔術師だと自己紹介しているようなものだった。
そしてチェシャ殿もそうなのだね?――ならば一興。この出会いを祝う、号砲の代わりにでもしておこうか」
小さく柔らかそうな肉球と、その先の鋭利な爪が同時に振るわれる。
その先端から伸びているのは、不可視の鋼糸――常人ならば、切られた己の血に濡れて初めて、糸に気づける様な代物だ。
しかし、元より魔術を扱う身。その糸が魔術で出来ているならば、看破できて当たり前。出来なければ、屍が一つ増えるだけだ。
揺らめく糸は玄妙で、しかし引き伸ばされれば一瞬。弦楽器を弾く様な小気味良い音が微かに聞こえ、死角より糸が迫りくる。
「これは中々。魔術の心得が無い者だと苦労するだろうね。直感以外で、この糸を見切れる者はそうそう居ないはずだ。
さて、そこで、運よく見切れた私はと言うと――そうだね、折角だ。一つ、こうしてみるとしよう……!」
宝石を掠めようとしていた糸に右手の人指し指を伸ばすと、くるりと巻き付け、そのままわずかに引いて見せる。
ついでに己もまた、魔力の意図を生成し、彼の糸に紛れ込ませる形で不意の一撃を忍ばせてみる。狙うのは、彼の爪。
切断はすることなくただ絡めることだけを意図しながら、こんがらがった糸の団子を作り出そうとするのである。
■チェシャ=ベルベット > 青年のほっそりとした人差し指にチェシャの魔術の糸が絡み、引き寄せられる。
がくんと猫の細腕が青年の腕に引っ張られるような形でバランスを崩すが
すんでのところで逆足で踏みとどまった。
だが、それだけに留まらずヴァンの人差し指から己のものではない糸が伸ばされ
宝石を狙っていた糸はすべからくヴァンの糸に絡め取られ団子状にこんがらかった。
「……なんだよこりゃ。運命の赤い糸とでも言うつもり?」
宝石を掠め取る自信がなかったわけではないがこうもやんわり防がれてしまっては面白くない。
猫は人間味あふれる表情で呆れ顔になり、糸を引っ張ったりよったりとなんとか自分の手に戻そうとする。
魔術の心得がないものが見たら、まるで猫がヴァンに手招きをしているようなそんな滑稽な動きになっているだろう。
「……ちぇ、止めたやめた。引き分けって所にしておいてやるよ」
舌打ち一つ、自らの爪から糸をぷっつりと切り落とすと猫は両足揃えて身を起こす。
それからヴァンを無視してすたすたと表通りから裏通りへと四足で立ち去ろうとする。
不意に街灯の明かりも届かぬ暗闇に入った猫の身が翻り、そこには痩身のミレー族の少年が立っていた。
ベルベットに似た黒髪と猫の耳に尻尾。鋭利そうな鋭い金緑の視線がちょっと悔しそうにヴァンを睨んだ。
「あんたがなかなかの魔術師で、魔道具作りもそこそこの腕前ってこともわかったよ。
でも負けたわけじゃないからな、次会ったときは返り討ちにしてやる」
先程の黒猫が喋った声音とそっくりの声がした。
薄い影の中からツンと澄ました表情でそう捨て台詞を吐くチェシャ。
再び少年が身を翻し黒猫に戻ると、人目を避けるかのように家々の塀を伝って走り去ってしまった。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からチェシャ=ベルベットさんが去りました。
■ヴァン > 「おやおや、意趣返しはお気に召さなかったようだね」
走り去る猫。その様子を見送りながら男は独りごちる。
団子状になったそれも、魔力であることに変わりはない。
彼がいらないと言うならば、美味しく頂いておくことにする。
掌を糸に合わせ、飲み込むような意識で魔力を嚥下し、彼の魔力の味も探って。
確かに覚えれば、目の前、猫ではなく人型になった彼を一目見ながら。
「ご馳走様。うん、素敵な魔力だ。君は、やはり只者ではない。
無論だとも、また会ったら一緒に遊ぼうじゃないか。じゃれるのもよし、相争うもよし。
では、またの邂逅までさらば。君に幸運あれ、チェシャ殿」
優しい声で告げると、男もまた踵を返す。
なんとも面白おかしい相手に出会ったものだ。今宵はきっと、ぐっすり眠れることだろう――。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からヴァンさんが去りました。