2017/03/07 のログ
ご案内:「王都マグメール 富裕地区/バー」にティエンファさんが現れました。
ティエンファ > 薄いランプの明かりの中、紫煙が揺れる店内。 煌びやかに飾った女衆と、身なりの良い男達。
低く抑えた会話の声と、甘い嬌声にも似た笑い声。 ゆっくりと過ぎる酒と淫蕩の時間。

そんな空気の中、少年は居た。 酷く居心地悪そうな顔で。
勿論客としてでは無い、そんな金はない。 しかし、不思議な縁で、この店に居る事が出来ている。

「用心棒として、だけど… …なんでこんな格好を…」

壁に寄りかかって店内を眺めながら、ため息を漏らす。

ティエンファ > 長い黒髪は綺麗に櫛が入り、高く結い上げられている。 女性用の銀の飾りが、艶やかな髪に揺れている。
普段のボロボロな長衣姿ではなく、滑らかな光沢をもつビロードの帝国の民族衣装。
深い夜闇を思わせる蒼に、縁を金糸で彩った袖無しの長衣。 露わな腕に刻まれた入れ墨が一層映える。
鍛え上げた武術家を彩る服装は、揺れる薄明かりに婀娜っぽく、田舎者の少年ですら、色娼の魅力を孕ませていた。
…とは言え、本人は、こんな上質な飾り衣服に落ち着かない様子で、どこか憮然とした様子で小さく唸る。

「こんなキラキラした格好、俺には似合わないだろうに…
 この店にお前のような汚い恰好は似合わない! とか言ってさ あの店長め」

ティエンファ > ギルドで用心棒の依頼を受けたは良いが、よく読むべきだったのだ、と内心でうなる。
受ける条件は、若い事、腕が立つ事、そして、貸し出されるものは着用すること、だ。
最初は確かに変な依頼だと思ったけど、それを打ち消して余りある程に報酬が良かったのだ。
通常の用心棒依頼の数倍の値段であり、まかないも出るとの事だったので、ホイホイ受けてしまったのだけれど…。

「…時々客の相手させられるし…何が、立って睨みを利かせてるだけで良いーだ
 人が足りないからって、客の相手をさせられるとは思わなかったぜ しかも男の客の」

何とも言えない粘っこい視線を向けてきた身なりのいい男客を思い出し、ぶるっと身震いした。
肩に回した手や、太腿を撫でる指の動きを思い出せば、渋面はますます濃くなる。
とは言え、そんな表情も薄暗がりでは物憂げな表情にも見え、時々テーブルに呼ばれては、酒の一杯酌をすることになる。

ティエンファ > 確かに人相が悪く、いかにも堅気ではなさそうな客も多いけれど、そんな人間が集まれば、逆に諍いは起こらないもので。
仕事の殆どの時間を、壁に寄りかかっているか、酌をしているかで過ごす少年。
途中から、店の女衆に『酒を頼ませれば、その分稼ぎがよくなる』と悪知恵を仕込まれ、素直に実践。

「なぁ旦那、俺、あの酒飲んでみたいんだけど、一緒に飲まない?」

飾り気もないおねだりだが、巧みな駆け引きに食傷気味になっていた金持ちには逆に新鮮だったのか、意外な成功率。
気ままに自分が飲みたい酒をねだり、子供のように笑い、酌をする少年は、何人かの客に名を尋ねられる。
前もって店長より、仮の名前で答えるよう言い含められていたので、にっこり笑って仮名を名乗る。
…それが源氏名ということも、店長や従業員の女衆が客に『今日入ったばかりの新しい男娼』と紹介していることも知らず…。

ティエンファ > 娼として生きていた男にはない逞しくしなやかな武術家の身体。 首筋から左腕にかけて露わになる異国の刺青。
染めたものではない黒檀のように艶やかな髪に、不釣り合いな子供っぽい笑顔。
金持ちの世界など知らない少年は、客の話を心から楽しそうに、目を輝かせて聞くから、
手練れ手管ではない聞き上手に気を良くした客が気前よく酒を開け、金を撒く。
思わぬ拾いものだ、と店の奥から覗いている店長がニンマリするが、そんな事も知らずに少年は酒を呷るのだった。

ティエンファ > そして、ある程度酔っ払った処で、でっぷりと太ったいかにもな金持ちの酌をしている処で、
少年は酒に揺らされ、うと、と舟をこぐ。 心配するような言葉をかけて、客が少年の肩を抱く。

「んー…もう呑めねぇよぅ…」

そんな呑気な声を漏らす様子を見て、客はそのまま少年の腰を抱くようにして席を立つ。
気遣うように声をかけながら向かうのは、店の奥である。 個室があり、鍵が閉められる特別室。
いわゆるお持ち帰りの部屋である。 脂ぎった分厚い唇を舐め、いやらしい笑みを口元に張り付かせたまま少年を運んでいく…。

ティエンファ > 酔った少年を連れて行こうとする金持ちに、同行していた男が近づいて何か耳打ちをする。
その言葉に促されるようにその男の方を向いた金持ちは…次の瞬間、その男が壁際まで吹き飛ぶ姿を見た。
金持ちのでっぷりとした顔の真横に、岩のような固い拳。 少年が、その男を殴り飛ばしたのだった。

店長が真っ青になって二人に近づき、金持ちに謝罪する。
何が起こったか分かっていない金持ちが目を丸くし、そして、少年の方を向いた。

「いやぁ…旦那ァずいぶん恨まれて…ひっく、いるんだねぇ?」

へら、と酔っぱらった少年が笑いながら、地面を指さす。
床に転がっていたのは、ぬらぬらとランプの明かりを照り返す、小さなナイフだった。
刀身は濡れている、確かめなくてもわかる、毒だ。

壁に叩き付けられた男が立ち上がり、有無を言わさず金持ちに飛び掛かる。
しかし、その間に少年が立てば、酔ってふらつく足取りのまま、ゆるりと構えをとれば、

ティエンファ > 「そんだけ殺す気満々じゃあ、あてられて酔いも冷めちまうよ、良い迷惑だぜ、気持ちよく酔っぱらってんのに」

暗殺者が振るうナイフは鋭く少年の首筋を狙う。 しかし、少年はすとんとその場に尻餅をつく。 頭上をナイフが通り過ぎる。
そして、座るのと同じ速度で、ぐんと立ち上がった少年は、練り上げた足腰の力を肘に集積し、
ナイフを振るった暗殺者の脇腹に叩き込む。
ごぽんと水袋を叩いたような音と、湿った木がひしゃげるような音が店内に生まれる。

「あ、やべ」

少年の声がひどく軽く響く。
物言わぬまま暗殺者は床に崩れ落ち、ピクリともしない。

「ひっく …あー、いかん、いかんなあ…酔ってると、加減が効かないや…
 なあ、旦那ァ、どうする、この人 旦那を殺そうとしたけど?」

金持ちに顔を向けるよったままの少年。 唖然とその様子を見ていた金持ちははっと我を取り戻す。
店の者が数人、昏倒した暗殺者に駆け寄り、抱え上げる。 指先まで脱力した暗殺者は、壊れた人形のようで。

ティエンファ > 「うん? あとは店の者がやっておく? …え、なに、俺はもう仕事終わり? あ、そう?」

突然の事態に固まっていた店の者達が、ナイフを回収し暗殺者をどこかに運んでいく。
太った金持ちもほかの護衛らしい男や店のボーイに囲まれて席に戻っていく。
一人残った少年は、酔ったまま店長に言われるままに頷いて、

「でも、お酒…」

未練たらしく上等な酒を飲む機会を惜しむ少年。
そんな少年に、店長は店の中でも上等な酒を瓶ごと渡して店の裏口に追いやる。
あれよあれよと言う間に店から放り出された少年は、

「…酔ってる俺の近くで、暗殺とかしようとした、あいつが悪い ひっく、うん、そう言う事にしとこ」

酔っぱらった足取りのまま、夜の街を歩きだす。
艶やかな服装もそのままに、片手には上等な酒瓶を手土産に。

ティエンファ > この夜の出来事の縁から、金持ちからの名指しの護衛依頼が増えた。
酒に酔っていても、手練れの暗殺者を二手で撃退する手腕。
そして、着飾ればそれなりに見える外見。

…変なファンを獲得してしまったとも知らず、その夜の少年は、上機嫌に帰るのだった。

ご案内:「王都マグメール 富裕地区/バー」からティエンファさんが去りました。