2017/03/25 のログ
ご案内:「九頭龍の水浴び場」にホウセンさんが現れました。
ホウセン > ――そろそろ花見酒の頃合か。
そう思い立ったのは、執務室の窓から見上げた空が、早春から本格的な春に向けて移り変わってゆく気配を感じたから。故郷に咲き乱れていた花が、この王国内でも同様に育てられているとは限らぬし、寸分違わぬ風情を期待できるかといえば否だが、意識に上ってしまったのなら仕方が無い。夜の歓楽街に向きがちな足の手綱を取って、行く先は温泉施設で名の知れている旅籠。幾度か客となったこともあるが故に、所作は滞りなく。宿泊となるかは不確定ながらに個室を一つ押さえ、早々に風呂へと。

「宿の者に、造園の知識があると良いのじゃがなぁ。」

この宿の事。男女がそれぞれ別になっている湯よりも、混浴としている施設の方が目立つ。妖仙が暖簾を潜ったのも、混浴の露天風呂だ。どうやら脱衣所だけは別々になっている。尤も、浴場に続く引き戸を開ければ合流してしまうのだけれど。いつも袖を通している衣服に比べると安普請な浴衣を脱衣籠に放り投げ、申し訳程度に手拭を腰に巻く。開け閉めの度にガラガラと派手な音を立てる引き戸のせいで、既に先客がいたのなら新たな入浴者が現れたと知れることだろう。

ホウセン > 物怖じせぬ性格というか、尊大な性格というか、先客が居ようが居まいが一々気にするようなきめ細やかな精神は持ち合わせていない。露天風呂の意匠は、大きな檜の湯船ではなく、所謂岩風呂の類。黒く、天然の凹凸を活かしながら設えられた湯船が、透明な液体をなみなみと湛え、その高さが不揃いな縁からザバザバと湯を零してしまっている。洗い場の床も意匠を同じくし、岩を敷き詰めモルタルで整えたもので、排水の為に付けられている緩やかな傾斜に沿って、零れた湯が流れ去る。

「うむ、露天はこの方が良い。」

他の施設との区切りの為なのだろう。一応の仕切りは竹を編んだもので為されているが、それ以外は全体的に黒っぽい。だからこそ、なればこそ。花とのコントラストが映えるのだと。真冬程ではないにしても、ふんわりと立ち上る湯気の中、脱衣所からの入り口近くにあった手桶と風呂椅子を無造作に掴み、ペタペタと間の抜けている湿った足音と共に、洗い場のエリアに。

「…便利故、野暮は言うまいぞ。」

意外と近代的な水回りらしく、蛇口を捻ると床に置いた風呂桶に湯が注がれる。風情の面で満点たる光景かといえば疑問符が浮かぶものの、負け惜しみめいた言葉と共に風呂椅子を設置して、その上に軽量級の体を載せる。九割方満たされた桶を持ち上げ、半分を右肩から、もう半分を左肩から流し、とりあえずの掛け湯といったところ。

ホウセン > 花冷えというまで大仰ではないにしても、まだ日が落ちると寒さが忍び寄る。それを掛け湯で払い除けると人心地ついた様子で手拭を解き、備え付けの石鹸を擦り付けて泡立て始める。極力身奇麗にしているのを信条としている妖仙は、湯に浸かる前に肌を清めるの派だ。無論、掛け湯もそこそこに湯に浸かり、肌をふやかしてから洗った方が効率が良いという派閥もあることを知悉しているが、それはそれ、これはこれ。この国のものではない節回しの鼻歌混じりに手早く泡だらけになると、手桶に注ぎ足しておいた湯でザバリと洗い流す。その工程を幾度か繰り返して泡を流し終え、上機嫌そうに湯船へと向う。

「さて、湯加減は如何ばかりか…」

ちょんと爪先だけを湯につけて温度を確認し、大過ないと判じるとそのまま脚を、腰を、胴を次々と湯に沈める。長風呂を想定しているのか、源泉の温度が低めなのかは判然としないまでも、適温を僅かに下回る温度のお陰で、妙に力まず、スルリと肩まで。湯船には段がついており、中央部に近付けば近づくだけ深くなっているのは、大柄な種族にも対応する為の工夫なのかもしれない。固く絞った手拭を折り畳み、湿気で艶の増している黒髪の上に。ゆるりと手足を伸ばし、緩々吐き出す息に比例して全身を弛緩させる。

ご案内:「九頭龍の水浴び場」にホウセンさんが現れました。
ホウセン > 小さな妖仙は脱力したまま、暫し時を忘れて湯に身を委ねる筈で――
ご案内:「九頭龍の水浴び場」からホウセンさんが去りました。