2023/04/20 のログ
ご案内:「王都マグメール 平民地区2」からランバルディアさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区2 広場」にアロガンさんが現れました。
アロガン >  良く晴れた青空の下、王都の平民地区にある広場では今日も喧騒が広がっている。
 広場で行われているのは奴隷売買。この国では当たり前のように毎日行われている。
 奴隷となっているのは他種族や犯罪者が多く、ある種の娯楽や見世物のように扱われることが多いという。
 奴隷を買う平民がいないとは言わないが、購入を検討しているほとんどは商家や、裕福な実業家が労働力として欲しがるのだろう。
 今日も今日とて、幼子から大人まで男女問わずに檻の中で人々の見世物となっている。

 屈強な体躯を持つ男がいた。
 ざんばらなシルバーアッシュの長髪に、切れ長の双眸。
 堂々とした立ち姿にも見える体幹の良さが伺える巨躯に、美しい装飾のついた黒い上質なスーツを纏い手には黒の杖を持っている。
 平民からすれば裕福な貴族の壮年に見えるだろうが、その頭部には狼の耳が、腰にはふさりとした尾が不機嫌そうに揺れていた。
 種族としては国から迫害されている先住民のミレー族。あるいはそれに似た獣人種だ。
 どちらにしても、この王都で堂々と耳や尾を出して人目を引いている時点で物珍しさはあるだろう。

 それだけではなく、男の両腕と首には同系統の装飾品がついている。
 銀の精緻な細工が施されたそれは、奴隷商会"アバリシア"の奴隷である証だ。
 奴隷商会の中でも大手に類するが、かの商会は店舗を持ち、広場で奴隷の売買などはしない。
 【貸し奴隷】という制度を用いて、非常に質のよい奴隷を金銭で貸し出していることで有名だ。

 知っている者はミレー族の貸し奴隷が広場で奴隷市場を眺めているように見えるだろう。
 知らない者はここにいる男の意図もくみ取れまい。

 男────アロガンはそんな周囲の視線も介さず、ただ黙って立っている。
 彼の今日の"仕事"は、奴隷市場を見学したいという商家の娘の護衛だった。

アロガン >  場所柄、子供がいることはあまりないが、若い娘を狙う不埒ものはいる。
 今回アロガンを借り受けた依頼主の娘──は年若く上質なワンピースを纏っている。
 富裕層とまではいかずとも裕福そうだと分かれば、スリとて現れるだろう。

「……」

 ひそめ気味の息遣い。
 ふらつきつつも目標を定めた確かな足取り。
 娘を狙って近づいてきた不埒者は、奴隷市場の売買に熱心に視線を注いでいる娘の私物へと手を伸ばし──次の瞬間には地面に転がっていた。
 ──痛ってえッ! とひと際大きな声が上がる。
 その男の足には、先ほどまでアロガンの手にあった杖が引っ掛かるように絡んでいた。
 周囲の視線が集まり、娘の視線も驚いたように向けられる中、アロガンは何事もなかったかのように杖を引いた。

「……お嬢さん。そろそろお時間ですよ、ご主人が心配しますので戻りましょうか」

 低いバリトンボイスが、娘に帰宅を促す。
 しかしそれを妨げるように声を荒らげるのは、不埒者の方だったか。
 威圧的に悪意ある攻撃を受けた、治療費を払えだの、ミレー族の分際でだのと、騒々しい。
 その声は衆目の中でよく響いていたことだろう。

アロガン >  やがて騒ぎを聞きつけた憲兵が、男二人を訝しげに見た。
 片や小汚い姿で「急に襲われた、地面にたたきつけられた」などと騒ぎ立てる男と、片や上質な服を着て娘を庇うように立ち「こちらの杖に勝手に引っかかって転んだだけですが」と淡々と告げる奴隷のミレー族。
 どちらに非があるのかを見極めることが難しいと言った様子だ。
 アロガンは、自分がもしミレー族でなかったのならば、きっと話は変わったのだろうなと思う。
 思ったところで詮無きこと。それでも────。

『早くこのクソ獣野郎を捕まえろッ!』

 喚き散らす男に対して苛立ちを覚えないわけではない。
 ビキビキと手に力が入り、憲兵が間に入っていなければ鋭く一閃、その脳天に杖を叩きつけてやったところだが。

「……これ以上は通すべきところを通して頂こう。此方に非があると言うのならば、証言を募り、証拠を集められると良い」

 事実娘は何も取られてはいない。男も転んだ以上の暴行を受けたわけでもない。
 憲兵は面倒事は御免だと言うようにどちらにも非はなし、解散せよという旨を伝え、アロガンたちはそれに従うこととなった。
 怒鳴り散らす男に怯えて萎縮してしまった娘を、通りに迎えにきていた馬車まで送り届ける。
 後は馭者が連れ帰り、アロガンの仕事はそこで終わりだ。

 これが現実だが、深く息を吐きたくもなる。
 聊か目立ち過ぎたと言うように、アロガンは奴隷市場のある広場に繋がる通りから外れた路地裏へと足を運んだ。
 少しばかり遠回りして戻ったとて、時間内に戻れば咎められはしまい。

アロガン >  日が傾き、沈みかける夕焼けの赤い空を路地裏の建物の合間から無感情に眺める。
 東の空から暗い色合いがインクを垂らしたように広がり、空を染めていく光景は懐かしい故郷を思い起こしたが、感傷で痛むような心はもはやなく。
 目を伏せて、息を吐き、音もなく歩き出す。
 男の帰る場所は、自然豊かな山間の奥ではなく、この腐りきった人の国。

 この国では迫害の証である尾をゆらりと揺らしながら、その巨躯は路地の奥へと消えていった────。

ご案内:「王都マグメール 平民地区2 広場」からアロガンさんが去りました。