2023/01/08 のログ
ご案内:「王都マグメール 平民地区2」にティアフェルさんが現れました。
ティアフェル >  ――夜、すっかり遅くなった帰り道。
 望月より、ほんの僅かに欠けてはいるが夜の底を十分に照らす月のお陰で今宵は比較的、明るい夜であった。
 しかしいくら月の光が強くとも日輪のような温かさがある訳ではなく、冷え切った真冬の夜気にコートの前を掻き合わせ、首を竦めながら、仕事帰りのヒーラーがとある路地裏を足早に横切っていた。

「ふぅ~……、この時間はやっぱ冷えるゎ~……さむさむ……早く帰って温かい物が飲みたい……酒でもいい……」

 ブランデーを垂らした紅茶やホットワインなんか格別だろう。
 帰宅後のほっこりタイムに思いを馳せながら急ぎ足に辿る帰途。
 いつもの帰り道。
 営業終了して戸締りをした店舗がぽつぽつと並び、置き去られた木箱や路地で遊んで忘れられた子供の玩具、石灰で遊びで白く刻まれた、何を描いたものかも分からないでたらめな落描き。
 普段と変わらぬはずの静かで冷え切ったそこに、

「………ん…?」

 普段と異なるものを眼の端に捕らえて立ち止まった。

「あれ……?」

 首を傾げ、目を凝らして路地裏の片隅に転がる白っぽい塊に気づくと、そっと近づいてゆき。

「………!」

 ぴくりとも動かぬそれに接近し、それが何か認識すれば目を瞠り即座に駆け寄った。

ティアフェル > 「大変……! 怪我……病気……? まだ、息がある……?」

 地区の路傍に僅かな力も入らない様子で倒れ転がる小さな毛の塊……冷え切っていて命の活力など微塵も感じられないが、辛うじて呼吸は確認できた。

 路地に屈みこんでその白い毛並みの雄猫を慎重な手つきで抱き上げると、それはこの近辺を縄張りとし野良たちのボスとして君臨する、ちょっと見知った白猫だった。

「あなた……時々わたしとも遊んでくれた子だね。こんな…弱っちゃって……どうしたの? 喧嘩した? 寒さにやられた? ………ううん、違うかな……病気……?」

 外傷は見られず、屈した膝に抱え込んだ冷え切ったその身体は、老猫のように毛並みはパサついていて鼻はカラカラに乾いて色も失せている。
 抱き上げても抵抗するどころかほんのわずかに瞼が震えるばかり。開けばぴかぴか光る金色の瞳はうかがえず。反応は酷く薄い。

「動物にヒールは……あんまりかけたことないんだけど……」

 血の通う生命であれば効果が望めるかも知れない。
 明るく冷たい月の光の中で、効きますようにと願う。
 遊んでくれた、友達のように思っていた一匹の白猫が冷たくなっていくのが辛い。

 腕の中の白に差し迫った死の色を遠ざけたくて呪文を唱えた。
 癒しの淡い光を生み出す魔法の言葉。
 音階にも似たその響きを唇から紡ぎだし、弱り切った白猫へと捧げる治癒の術。

       ぽぅ……

 生まれた淡い暖色の光が腕の中の白猫を包み込み消え失せそうな光を増幅させんと息吹を吹き込んでいく――……

「がんばって……がんばって……! 君がいなくなると淋しいよ……がんばれ! 目、開けて、ほら、起きて……!」