2023/01/05 のログ
■ナンパ男 >
「そう言わずにさぁ……あん?」
背後からの声に振り向こうとした男の動きが止まる。
おちゃらけた輩でも背中に押し当てられた物の正体は分かったのだろう。
女の声だからとナンパの手を広げる余裕もなく、冷や汗が頬を伝った。
「ひィッ──!?
かっ、勘弁してくれぇ!」
冬の空っ風より冷ややかな死の宣告に、男は悲鳴を上げて逃げ出した。
その様子は付近の通行人にも目撃されており、周囲がにわかにざわつきだす。
■リラ >
「えっちょ、何が──って、カティアさん!?」
突然の出来事に理解が追い付かず、目を白黒させていたが───
逃げていった男の背後から現れた待ち人の姿に驚きの声を上げる。
そして、周囲のどよめきと、あなたの手元を見て、状況を把握するまで数秒を要した。
「……いや往来で何してくれちゃってるんですかっ!?」
■カティア >
「――あら。
私の女をナンパするんだから、命くらいかけて貰わなくちゃ、でしょ?」
逃げていく男を一瞥して、ナイフをくるりと回してコートの下に仕舞う。
驚いて声を出す少女にも、涼しい顔だ。
「今日のリラは私のモノなの。
手を出そうとするなら、命の一つや二つは覚悟してもらうわ」
さも当然のように言い放って、少女の前に立ち、右手を差し出した。
――その実を言えば。
ナンパされている時の少女が、とても冷たい色になっていたのが許せなかったのだ。
虚勢の下で少女が怯えているのが許せなかっただけ――そして、怯えさせてしまった事を許せなかっただけである。
(これくらいすれば、嫌な気分も吹き飛ぶでしょ)
そう、だからこれは単なる、カティアの子供じみた我儘だったのである。
■リラ >
「あなたの女になった覚えはないですっ!
おかげで死ぬほど目立っちゃってるし……ああもう!」
聴衆の視線が突き刺さり、ひそひそと囁く声が聞こえてくる。
居心地が悪いのは勿論のこと、下手をすればそちらにまで刃を向けかねない。
半ば自棄になって、差し出された手を掴むとぐいぐい引っ張って歩きだした。
「おかげで夜通し考えたプランが台無しですよっ!
どうしてくれるんですか……ホントにもうっ……!」
群衆を掻き分けてずんどこ進みながら小言を連ねる。
こんな無茶苦茶なのに、ものすごく救われた気分になってしまう自分が恥ずかしい。
赤くなった頬は怒りからか、変に目立ってしまった羞恥からか、はたまた別の要因か。
誤魔化すように有無を言わさずあなたを引っ張っていく。
やがて、一軒の服屋の前で足を止めるだろう。
■カティア >
「別にいいじゃない、見たいやつには見せておけば。
外から見たら、良くても精々、姉妹にしか見えないだろうし――?」
なんて自分の外見を客観視してみれば、そう映るだろうと思うカティアなのだが。
力強く捕まれた腕から伝わる、色とりどりの感覚に、目を丸くする。
「え、あ――ごめん、なさい?」
腕をひかれながら、少女から零れる小言に、戸惑いながら謝ってしまう。
五感が少女から受け取る感覚は、どれも鮮やかなのに色も匂いも味も複雑で、けれど暖かかった。
だから、店の前についたときも、少女の顔を見上げながら、不思議そうにぼんやりとしてしまっていた。
■リラ >
「あんなに威勢よく私のモノとか言っといて!
なんですか、あなた天然なんですかっ!?」
見た目はこちらの方が年上なのに、どちらが姉かも分かったものじゃない。
半魔である自分は、あまり目立ってしまうのは都合が悪い……なんて、隠している身で責めるのも酷だが。
「ぜぇぜぇ……ま、まぁいいです。
当初と予定が、前後しちゃいますが……先に、服を見ましょう」
傭兵として鍛えているあなたと比べて、魔法一辺倒のリラはあまり体力が無い。
息切れしつつ扉に手をかけ、こちらを見るあなたに入店を促して店の中へ。
平民地区らしく素朴な佇まいながら、季節の服から下着類まで品揃えも充実している。
「その帽子とか……変えるだけでも、違うでしょうし。
ほとぼりが冷めるまで、屋内にいましょう」
複雑な胸中を気取られつつあるとは露知らず。
そんな提案をして、並べられた服を眺め始めるのだった。
■カティア >
「――だって、私の、だし」
少女の荒げた声には、もごもごと答える。
恐らく、普段の教室での様子を知っている人が見れば、まるで反対の立ち位置のようで驚かれるかもしれない。
とはいえ、それでも主張は忘れないのだが。
「あ――うん」
なんて、息切れをしてる少女を見ながらの返事も、妙に素直でしおらしい。
入店を促されれば大人しくついていくけれど、ぼんやりとしているように見えただろう。
もちろん、少女がある程度落ち着けばそれにも気づけるだろう。
「え、あ、私、目立つ、かしら」
そう帽子の事を言われれば、吃音気味に戸惑い始める。
そもそも目立つ容姿なのは理解しているから、余計かもしれない。
そして、繋いでいる手を、離れないようにしっかりと握ったまま、放そうとしない事にも、気づかれてしまうだろう。
■リラ >
「……急にしおらしくなられると、それはそれで調子が狂っちゃいますね」
呼吸を整え、顔の熱も引いてくれば自然と違和感に気付く。
普段あれだけ毅然と振る舞い、自信に満ち溢れていた相手が、不安げにこちらを見上げてくるのだ。
ある意味では見た目相応な、しかし教室での姿とは真逆の姿にこちらまで戸惑ってしまう。
「まぁ、その……言動もそうですけど。
カティアさん可愛いし、背は低くても存在感があるっていうか……
ぶっちゃけ、かなり目立つ方だと思いますよ」
思ったままを告げつつ、歩くペースを落として。
手を引く形ではなく、繋いだまま並び歩くような形で店内を巡る。
「……大丈夫ですか?」
おもむろに、気遣わしげな視線を投げかけて。
今のあなたからはどこか放っておけないオーラを感じていた。
■カティア >
「――あ、その。
ごめん、ね?」
調子が狂うと言われると、とっさに言葉が出ないまま、謝ってしまう。
たしかにその姿は、普段と似ても似つかない、子供のような様子だろうか。
「それは――うん、自覚はある、けど。
リラの方が、美人、でしょ」
歩みがゆっくりになって、カティアを見れば。
その表情が普段よりも、ずっと幼いように見えるかもしれない。
緊張が抜け落ちて、厳しさが無くなっている事だろう。
「え、あ、ん――ごめん」
視線と言葉を受け取ると、少女の手を両手で包むように握って、胸元にもっていき。
ゆっくりと、一度二度、深呼吸をする。
「――ん、大丈夫。
ちょっと、その、リラに見惚れてただけだから」
そう言ってから、そっと手を放す。
自分でも不思議に思えるくらい、胸の奥が暖かさで満たされそうになっていた。
「はぁ、ふう――それで、なにを選ぶの?
冬服なら、今選ぶには時期が中途半端じゃない?」
少女に見られつつ、静かに落ち着いて、ようやく店の陳列を眺める。
冬本番ではあるけれど、これから冬服を選ぼうとするには、ちょっと遅い頃合いだろう。
少女は沢山、今日のデートプランを考えてくれていたのだから、きっと店で何を見るかまで考えてくれているのかもしれない。
「私としては――リラの下着とか、選んであげたいんだけど?」
その発言は、多少普段の色が戻ってきたが。
表情からはやはり、緊張や厳しさが抜け落ちて閉まっているだろう。
■リラ >
「別に謝るようなことじゃ……
ただちょっと、ギャップがすごいってだけで」
無垢な子供のように幼気な表情。
もしかすると、これが本来のカティアなのかもしれない。
自分もまた虚勢という鎧で己を守っているからこそ、そう思えて。
であるなら、それを否定することなどできるはずもなかった。
「アタシはまぁ、親譲りっていうか……え、な、何ですか?」
手を胸元へと運ばれて一瞬ドキッとしたが、不純な目的でないと分かればそのまま委ねる。
しばらくして、落ち着いたらしい様子に小さく安堵の息を吐いた。
「ようやくいつもの調子が戻ってきましたね。
いや、無理してキザっぽく振る舞わなくてもいいんですけど」
二言目には歯の浮くような台詞を投げかけられ、思わずジト目になった。
流石にあれを見た後で易々と手玉に取られるほど甘くはない。
離れていく手の温もりを名残惜しく思いつつ、陳列棚に目を向けて。
「予定では春先に向けて服を買うつもりでしたけど……
し、下着は人に選んでもらう物じゃないですからっ!」
言われて思わず下着コーナーに目を向けてしまい、慌てて頭を横に振る。
あなたが弱った分こちらがリード、とは行かないようだ。
ご案内:「平民地区・大通り」からカティアさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区2」にカティアさんが現れました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区2」にリラさんが現れました。
■カティア >
カティアのそれも、虚勢と言えば、虚勢なのだろう。
時世や国を考えれば、恵まれた境遇にいるとは言え、兵士になる事を選んだ時点で――子供らしさは深くしまい込むしかなかったのだ。
そのために、表面的にはとても成熟しているが、ある一面ではとても未発達なのである。
こうして、本当に虚を突かれてしまうと、その極端さが露呈してしまうのだろう。
「別に――本当に見惚れてたから。
多分、私、好きだもの、リラの事。
ああもちろん、ただの友達以上を期待した好き、ね?」
向けられるジト目に、柔らかく笑って、自然にそんな事をのたまう。
カティアに自覚はないが、少女に『魅了』されたからではなく、本当に当たり前のように惹かれた故の言葉だった。
もし本当に『魅了』されていたのなら――きっと先日の教室で、本気で篭絡しようとしていたのだから。
「――え、違うの?」
なんて、告白まがいの台詞を言った後に、これである。
きょとんとした顔で、下着は選んでもらうモノじゃないと言った少女を見ている事だろう。
「だって下着は『他人に見せる』ものでしょ?
まあ、自分が見せたい物を選ぶのもアリなんだろうけど」
などと、うーん、と考えるように首をかしげて見せる。
この辺り、戦場育ちの悪い所なのかもしれない。
感性がとても偏っているのだった。
■リラ >
「まともに話したのだってこの前が初めての相手に言われても。
普通は友達とかからスタートするものじゃないですか?
アタシ、カティアさんのことぜんぜん知らないし……」
たった今目の当たりにした一面もそうだし、自分達はまだ互いのことを何も知らない。
そんな相手、それも同性にここまで入れ込まれる理由が分からなかった。
戸惑いがちに目線を逸らすが、好意を向けられること自体は満更でもなくて。
だから、これは、これから知っていきたいという意志表示。
「いやいや、そもそも見せる前提なのがヘンですって!
そりゃまぁ、気ぃ抜いてる時のやつ見られるのはヤですけど……!」
だからって他人に選ばせるのは、もうガッツリその相手を意識してしまっているではないか。
その程度のことで頬を赤くする辺り、この少女は本当に初心であった。
■カティア >
「んー――、直感?
普通かどうかは知らないし、興味ない。
これでも兵士だから、ね。
悠長にしてたら、いつ死ぬかもわからないし」
互いの事を知らないのは当然の事。
兵士の恋愛は即断即決、生きている間じゃなければ、触れ合う事も出来ないのだ。
だから、カティアからすれば、これでもかなり悠長な方なのである。
生き延びてさえいれば、深く知りあう事は、後からでもできるから、と。
「そう、じゃあ、沢山知ってもらわないと、ね」
戸惑う少女の様子が愛らしくて、頬が緩むのを感じる。
このデートで、より知りあえたら、今以上に愛しく想うようになるのだろうか。
「――そう、なの?
私は、脱がすのが楽しみになるような下着を着ててほしいけど。
見せないなら、下着なんてなんでもいいし――」
うーん、とやはり首を傾げつつ。
恐らく、まっとうな少女とは大きくズレた感性なのだろうと認識はしたらしい。
らしいのだが。
「んー。
――ああ、そうだ、折角だし。
お互いに相手の下着を選ばない?
お互いに着てほしいやつ」
ズレを認識しても、言う事はこんなことなのであった。
しかも、とても楽しそうに提案している。
揶揄ってる様子でないところが、よりたちが悪いかもしれない。
■リラ >
「死っ───
そりゃ、そうかもしれませんけど……」
傭兵稼業がどんなものかなんて想像もつかないけれど、
それが常に死の危険と隣り合わせであることくらいはリラでも分かる。
だったら辞めてしまえばいい、なんて軽々しく言えないことも。
だから、それ以上なにも言えなくなってしまった。
「あ、あくまで勉強を教えてもらったお礼なんですからっ。
ヘンな期待とか、しないでくださいね」
楽しんでもらえるように一日のプランを入念に練ってきたのだって、
隣に並んで恥ずかしくないように気合入れてオシャレしてきたのだって、
待ち合わせに遅れないように30分前には到着していたのだって。
全ては恩人に失礼のないようにするためで。
ちょっぴり舞い上がっていたとか、そんなことは決してないのだ。
「友達にはスゴいの付けてるって言っちゃったし、今日だって普段なら着ないようなやつ選びましたけど!
だからってアタシの下着はそんなに安くな───ぇひゃ!?」
このまま相手のペースに乗せられてたまるか、と買い物に戻ろうとした矢先。
あなたの提案に素っ頓狂な声を上げて大きく前につんのめった。
「話聞いてましたっ!?」
■カティア >
「別に変な期待はしてない、けど。
今日、いきなり抱けるなんて思ってないし」
流石にそこまで、自分のペースを押し付けるつもりはない。
なんて言いたげな表情で、少しだけ不満そうにして見せる。
カティア的には、しっかりと我慢しているのだった。
「でも、仕方ないでしょう?
今日の為に一生懸命準備してくれて、今日も普段よりおしゃれしてくれて。
ぜんぶ私のためなんだもの。
そんなことしてくれたら、今すぐだって、抱きしめたくなるじゃない」
なんて、自分でも驚くくらい素直な気持ちが口から滑りだす。
それくらい、少女と居る時間に安らかさを覚えているのかもしれない。
「あら、そんな事言っちゃったんだ。
ふぅん――どんなの着てるか気になるわね」
普段なら着ないような下着――どんなものだろうと想像していたら、少女がつんのめってしまう。
「聞いてた、よ?」
あれ、なんで怒られてるんだろう、と不思議そうな顔。
「春物の服を選ぶんでしょ。
でも、どうせ選ぶなら、下着まで合わせてコーディネイトしたくない?」
と、一応ちゃんと店に来た目的は聞いていたらしい。
■リラ >
「当たり前ですっ!
女同士なのにそんな……だ、抱くとか……」
もごもご。
口内でキャンディと一緒に言葉を転がす。
どこまで本気で、どこまでが冗談なのだろうか。
自分の中の常識が通じない相手にどうしていいか分からない。
「お礼なんだから、そのくらい当然ですっ。
そんなに喜ぶほどのことでもないと思いますけど……」
リラはリラで、律儀が過ぎる節がある。
プレゼントは倍返しをしないと気が済まないタイプだ。
「見せませんからね!?
万が一に備えてきただけですから!」
スカートの裾を手で押さえてガードしつつ。
テンパるあまり変なことを口走っている気がする。
店員の他には人がいないのがせめてもの救いだ。
「ばっちり聞いてるじゃないですか……
下着まで合わせたいっていうのもまぁ頷けますけど、
それがどうしてお互いのを選ぶって話になるんですか」
あくまでそれぞれが自分の物を選ぶつもりでいたので。
■カティア >
「――そう?
今時は女同士なんて珍しくないと思うけど」
男同士も同様である。
まあ恐らく国柄のような物なのだろうとは思いつつ。
自分の経験、見聞きしたことを思い出しても、そう珍しい事ではないと感じていた。
「そう?
これで喜ばないなんて、無理だと思うけど――あら、万が一、考えてくれたんだ。
それ、少しは期待してくれてた、って思っていいの?」
ふふ、と純粋に楽しそうに笑いながら、少女に近づいて、スカートを抑える腕に、腕を絡めようと手を伸ばす。
嫌がられなければ、そのまま腕を組んでぴったりと体を寄せるだろう。
「え、だって。
自分の事を考えて選んでもらったもの、って、嬉しいでしょ?」
なんて、当たり前の事を言うように答える。
■リラ >
「そ、そう……なんです、か?」
見た目ほど俗を知らない少女はキョトンとした顔で。
その場合、これまでのやり取りが意味合いを変えてくる。
ぐるぐると思考がまとまらず、目を回してしまいそうだ。
「期待じゃなくて、心配を……って、ひゃっ」
そんな状態だから容易く腕を絡められる。
このくらいなら……と抵抗らしい抵抗もしない辺り、感覚が麻痺しつつあった。
肩にあなたの髪が触れ、くすぐったさに息を漏らす。
「それが下着でなければ同意したんですけどね……
恥ずかしいじゃないですか、人に選んでもらうなんて」
相手のものを選ぶのだって恥ずかしい。
だって、相手が今どんなものを付けているか分かってしまう。
考えただけで耳まで真っ赤になっていく。
■カティア >
「んー、私みたいに、同性経験の方が多いのはまあ、少し違うかもしれないけど。
それだって、女同士のカップルなんて、歩いてればそれなりに見かけるでしょ?」
まあ実際は、両性具有であったり、女の子みたいな男の子、である場合もあるのだろうけれど。
それだって、この国では女同士を見る事はそれほど珍しくない様に思っていた。
「なあに心配って。
私に、襲われちゃうかも、って思った?」
腕を組んで、少女の肩に頭を寄せながら、少女にだけ聞こえるように囁く。
あんまり無防備すぎて、このまま手を出したくなってしまう――なんて欲求を少し我慢しつつ。
折角のとびっきりな女の子なんだからと、頑張って自制心を働かせているのだった。
「ふうん――じゃあ、私のだけでも選んで。
私、リラが選んでくれたもの、着たい、よ?」
と、すぐ近くで上目遣いに強請ってみよう。
すでに真っ赤な少女は、どんな反応をしてくれるだろうか。
それがもう、楽しみで仕方なかった。
■リラ >
「言われてみれば……
やたら仲良さそうだなって二人組なら見たことありますけど」
カップルというところまで想像が及んでいなかっただけで、
実は身の回りにもそういった関係は偏在しているのかもしれない。
「違っ……!
転んで見えちゃったりとか、そういう話ですからっ!」
ただでさえ普段から短いスカートを履いている。
転ばなくとも、階段などで下から見えてしまいかねない。
だから見られても平気なものを履いておく、というわけだ。
「どうしてそんな……うぅ。
分かりました、分かりましたからそんな顔しないでください」
ただ売り物の下着からひとつ選んで買うだけだ。
自分にそう言い聞かせながら、真っ赤な顔のまま渋々頷いた。
■カティア >
「それ、大体そうだと思うわ。
うちのクラスにも普通にいるし――」
とはいえ、そうと思っていなければ親しい友人くらいにしか見えないのかもしれないが。
カティアはたまたま、共感覚のお陰でいろんな事に気づけているだけなのだ。
「ん――そうね、スカート短いし。
少し捲れたら見えちゃいそう」
なんて言いながら、片手が少女の裾に伸びてしまうのはもはや仕方ない。
「ふふ、よかった。
それじゃあ、春服も合わせて、コーデよろしくね。
そしたらほら――その服を着ている時は、リラの選んでくれた下着を着けてる、って、すぐにわかるでしょ?」
なんて、今度はちょっと悪戯をするような子供のように笑って、少女の腕をぎゅっと抱き寄せた。
■リラ >
「そうだったんだ……」
友達の意外な一面を盗み見てしまったような気分。
とはいえ、罪悪感よりも興味の方が強いけれど。
なんて思っていたら、スカートにあなたの手が伸びてきて。
「だッ──から、見せませんってば!」
ばっ! と慌てて裾を押さえなおした。
油断も隙もない……!
「ヘンなこと意識させようとしないでください!
普通、普通なの選びますからっ!」
まるで年下の子供のように笑う姿に翻弄されっぱなしで。
それも満更でもなさそうな様子で服選びに取り掛かるのだった。
■カティア >
「あら、残念」
と、手をひっこめながら、ほんとに残念そうに言うのである。
それでも、嬉しそうに少女の腕に抱きついているのだから、出会うまでのイメージはすでに粉々に砕けてしまっている事だろう。
「別に何でもいいわよ。
だって、リラが選んでくれたなら、それだけで十分すぎるくらい嬉しいもの」
そう言いながら、少女の服選びを楽しそうに眺めて。
組んだ腕は邪魔にならないように緩めたりはするけれど、でも、離れないようにぴったり寄り添っている。
少女がどんな服や下着を選んでも、言葉通り、純粋に喜んで見せる事だろう。
もちろん、試着したものは、しっかりと少女に見せつけたりするのだが。
■リラ >
「まったくもう……」
入学当初から抱いていたストイックな人物像は崩れ果て、
無邪気な子供のような一面を覗かせる年上のクラスメイト。
素のあなたを知ることができた、という意味では悪い気はしない。
そんなこんなで服選びは真剣に。
白のキャミソールに黒インナーと薄手のアウターを合わせ、
スカートとショートパンツで迷った結果、折衷案としてキュロットを選択。
今着るにはまだ肌寒いが、春先には丁度いい塩梅だろう。
色のバランスを考えながら帽子とブーツも組み合わせていく。
大人っぽさよりも学生らしさ、少女性を重視したコーディネートだ。
そして、肝心要の下着はというと───
こちらも可愛らしいフリルの付いた白のショーツとブラ。
あなたの内にある幼さを、リラなりに表現したチョイスである。
ここまで拘ると、途中から恥ずかしさもどこかへ吹っ飛んでいた。
試着した姿を見てうんうんと満足げに頷く。
■カティア >
選んでもらった服は、意外にも好みに近く、見せつけるのもまた楽しかった。
もちろん、戦場に着ていける物ではないけれど――春先にプライベートを過ごすならとても快適だろう。
「――ふうん、こういうのが好みなの?」
選んでもらった下着姿で、試着室を覗かせて披露してみれば。
とても可愛らしい下着は、カティアによく似合っていただろう。
「ふふ、楽しいわね。
こうして着せてもらうの――少しドキドキする」
迷いながらも真剣に選んで貰ってる間、選んでもらったものを試着する時。
ずっとドキドキさせられていた事に気づくと、ほんのり、恥ずかし気にはにかむような笑みを浮かべただろう。
「ありがと、リラ。
これを着てまたデートするのが楽しみね」
購入した紙袋を手に提げながら、心底嬉しそうに微笑む。
そこには、いつも背伸びをし続けていたカティアはいなく――一人の少しだけマセた少女がいるだけだった。
■リラ >
「アタシの好みっていうか……
カティアさんに似合いそうだなって思ったから」
これで本人の趣味ではなかったら軽く落ち込んでいたところだ。
好感触に安堵すると共に、まさしく相手の事だけを考えて選んでいた自分に気付いて。
照れ臭くなって、試着中は預かっていた荷物をあなたに押し付ける。
「……まぁ、喜んでもらえたなら悪い気はしないです。
デートも……毎回こんな感じでよければ。
自然体でいられる時間が欲しいのはお互い様でしょうし」
なんて誰にともなく言い訳しながら。
ほら、次の場所に行きますよ──なんて手を差し伸べる少女もまた、
学院で見せるような小悪魔めいた仮面はすっかり剥がれ落ちていた。
■カティア >
「ふふ――うれし」
少女が一生懸命選んでくれたこと、この時間を恥ずかしがったり照れたりしつつも楽しんでくれている事。
それがなんだか、とても嬉しく感じられる。
「あら、毎回こんな感じなの?
どうせなら、もう少し『大人のデート』したいのに」
なんて言いながら、差し伸べられた手を握るどころか。
それこそ恋人がするように腕を絡めて、寄り添いながら歩き始めた。
■リラ >
「そうやって友達すっ飛ばそうとしてこなければ、
アタシだってもうちょっと……」
ぶつくさ言いつつ店を後にする。
同性カップルの話をしたばかりということもあり、
腕を絡められると若干ぎこちない動きになった。
「お腹は空いてますか?
この後はレストランにでも行こうと思ってたんですけど」
初動から躓いてしまった手帳のスケジュールを確認しつつ、
隣を歩くあなたに伺いを立てる。
ちょっぴり背伸びして高めの店を予約しておいたのだが、
今になってもっと普通で良かった気がしてきていた。
■カティア >
「ふぅん、そうなの?
でも、そういう『友達』だって、アリじゃない?」
どういう、かはすでに言わずとも伝わってしまうだろう。
『もうちょっと』どう思ってくれてるのだろう。
少女から感じるものは色とりどりで、矛盾だらけ。
だからこそこうして、恋人のように腕を組んでエスコートをねだっているのだけれど。
「ん、そうね。
軽く食べてもいい頃合いかも。
どんなお店を用意してくれたのかしら」
手帳を開いてスケジュールを確認する様子が、とても可愛らしく見える。
すっかり、ただの生真面目で可愛らしい女の子だ。
不慣れなのに、真摯にエスコートしようとしてくれる様子に、カティアも自然と歩みが弾んでいた。
■リラ >
「アタシに同意を求められても困りますっ!
普通の友達だってそんなにいないのに」
いたにはいたが、冬季休暇を勉強に費やしていたら離れていってしまった。
表向きは遊び歩いていると吹聴していたため、あらぬ風評だけが残されて。
休暇明けには自然とグループから爪弾きにされていた。
結局、上辺だけの友人関係なんてその程度のものなのだ。
「普段そういう……レストランとかって行く方ですか?
ちょっと見栄張りすぎちゃったかもしれなくて」
だからこそ、あなたにどう思われているのか気になってしまう。
意外な内面を今まで知らなかったように、本当は誰にでもこういう事を言ってるんじゃないか、とか。
関係を持てるなら誰でもいいんじゃないか、とか。
良くない考えが頭の中をぐるぐると何周もループしている。
努めて顔には出さないようにしながら予約した店へと向かった。
「……ここなんですけど」
そうして辿り着いたのは、完全個室式のレストラン。
いかにも高級そうな佇まいに尻込みしそうになる。
込み入った話をするならこういう場所の方が良いかと思っただけなのに。
ちら、と隣のあなたの反応を窺う。
■カティア >
「あら、それじゃあ私が独り占めできそうね」
なんて言いながら、きっとこの自然体に近い少女なら、すぐに友達だってできるだろうと思う。
それが出来ないという境遇に、少し腹立たしい気持ちがわいてくるが。
「ん、レストラン?
そうね、それなりには行くけど」
気安い酒場も、豪奢なレストランも、それなりには出入りしている。
そんな無難な答えを返しながら、色とりどりに明滅し、匂いも味もコロコロと変わっていく少女の様子が、意地悪だと自覚しつつもとても面白い。
「――へえ、よさそうなところね。
いいんじゃないかしら、たまには背伸びも、ね?」
いぢらしく、何度も反応を窺ってくる所がとても可愛いらしい。
放っておいたら丸まってしまいそうな背中に手を回して、とん、と軽く叩く。
「ほら、自信もって。
今日はエスコートしてくれるんでしょ」
ね、とこちらを見てくる少女に、大丈夫だからと微笑みかける。
■リラ >
「多くないってだけで、いないわけじゃないですからね?
そこんとこ勘違いしないでくださいよ」
なんて強がりも見透かされているのだろう。
ズルいなぁ……と唇を尖らせたあと、肩を落として溜息ひとつ。
「アタシは初めてですよ、こんなお店。
行くとしても、もっとリーズナブルな感じのやつです」
今更そこを取り繕っても仕方がないので正直に。
そもそもレストラン自体あまり行ったことがないというのもあり、
こういった若干攻めたチョイスになってしまったのであった。
「うぐ……そ、そうですね。
ドタキャンするわけにもいかないですし、入りましょう」
あなたの微笑みに背中を押されるような形で店内へ。
外観に違わず煌びやかな内装が二人を出迎える。
黒服のスタッフが音もなく進み出てきて、若い客にも変わらぬ態度で一礼をした。
予約客である旨を伝え、廊下の奥にある個室へと通されて。
狭い空間に二人きりになったところで、ようやく人心地ついた。
「ふはぁ……い、息が詰まるかと思いました。
余計なこと聞いてくるタイプの店員じゃなくて良かったぁ」
壁のハンガーラックに荷物を掛け、椅子に腰を下ろして深く息を吐く。
テーブルの上には手拭きとメニュー、呼び鈴が置かれており、注文用紙に記入して店員を呼ぶ形式のようだ。
壁は見た目より厚いらしく、隣接する部屋からは何も聞こえてこない。
まるで他には誰も居ないかのような静けさが漂っていた。
■カティア >
「ふふ、でしょうね。
ここ、お小遣いじゃちょっと大変だろうし」
とりつくろわず、素直に溢した様子に笑って。
それでも、自分の為に頑張って背伸びしてくれたのかと思うと、なんとも言い難い気持ちになる。
「キャンセル料も馬鹿にならないだろうしね」
緊張してこわごわと進む少女の隣で、冗談を言ってくすくす笑う。
個室に案内されて二人きりになって、途端に大きな息を漏らす少女に、つい声を上げて笑ってしまった。
「あはは、もう、そんなに緊張する事無いのに。
一応、私たちはお客様なんだから」
静かな個室は、そうやって声を上げても響かず、しっかりと防音されている。
部屋をさっと見渡しても、盗聴や盗撮などもなさそうだ。
「こういう所のスタッフは、余計な事を言わないのよ。
なにが失礼に当たるか分かったモノじゃないもの。
うっかり口を滑らせて、トラブルにでもなったら、相手によっては店が傾いちゃうもの」
平民地区とは言え、このレベルであれば貴族が訪れる事も稀にある。
そんな相手に『うっかり』があってしまったらどうなるか分かったモノじゃない。
「さ、て。
わざわざ個室を選んで誘ってくれるなんて、やっぱり期待してたのかしら?」
なんて笑いながら、コートとキャップをハンガーに掛け、少女と向かい合うように椅子へと腰を下ろした。
■リラ >
「そりゃ緊張しますよ。場違いじゃないかなとか……
カティアさんは慣れてるから良いかもしれないですけど」
平民地区にあるのが不思議なくらいの高級感。
どうしたって背筋を正さざるを得ないというものだ。
実際、平民の中でも裕福な層や一部の貴族が利用する店ではあるのだろう。
それも個室となれば、密会や商談にはうってつけなわけで。
下手な事をして火傷してしまうのは店側の方だ。
「ちがっ……違いますってば!
ここなら周りの目とか気にせず話せるから……!」
意図としては本当にそのつもりでしかなかったのだけれど。
ここまでのやり取りも相俟って、そう受け取られてしまっても仕方がないようなこの現状。
真っ赤な顔で両手をわたわたと振って否定する。
■カティア >
「私は、まあ、仕事でも使う、し?
でもリラだって、しゃんとしてたらいいところのお嬢さんにしか見えないから平気よ」
場違いだなんて、思う必要はないのだ。
きっと、案内したスタッフだって、仲のいい姉妹が来店した、程度にしか思っていないだろう。
そういう視線の色だった。
「ふふ、他の人に聞かせられない話、なんてどんな話かしら。
うっかり、可愛い声を上げちゃうような、素敵なお話?」
なんて頬杖をつきながら、紅い顔の少女を意味ありげな上目遣いで見つめて。
少しの間、無言でじっと見つめてから、冗談よ、と微笑んだ。
「とりあえず、注文しちゃいましょう。
コースもあるみたいだけど、リラは何が食べたいのかしら。
あ、お酒は飲める?」
注文用紙に好みの銘柄のワインをボトル単位で記入しながら、少女の方にも訊ねる。
■リラ >
「あはは、流石にそれは……
こんな頭の軽そうなお嬢様そういないですって」
謙遜と、少しの自虐を込めた苦笑い。
そう見えるような格好をしているのだから当然のことだ。
上辺を貫通してくるカティアのような存在が例外すぎるだけ。
「そんなんじゃな……ああもうっ。
冗談に聞こえないから心臓に悪い……!」
本当に、ここまでペースを乱されるのは滅多にないことだ。
普段ならもっと飄々と躱せるのに、まるで内心を見透かされているかのような。
照れを誤魔化すようにメニューを開く。
「そういえば、何食べるかまで決めてませんでした。
お酒はそれなりに行けますけど……」
そのままメニューとにらめっこしながら唸り始めた。
なにせ文字だけではどんな料理か判別しづらい。
■カティア >
「だって、いずれはそのつもりだし。
だから今は冗談だけど、そのうち本気?」
自分でも少し不思議そうな表情で、首を傾げながら答える。
なにせ、こんな気持ちになる事自体、カティア自信初めてなのだ。
恋愛感情――と素直に結びつけるには難しい所だが。
「お酒は飲めるのね、好みはある?
わからなければ同じの頼んじゃうけど――」
そう聞きつつ、メニューを眺めてみれば、確かにこれじゃあ、慣れてない人間には注文も難しいだろう。
「ん、リラの好きな食べ物ってなにかしら。
あとは、そう、食べられないものとか。
嫌いとか苦手とか、体質的なものも含めてね」
本人が鳴れていないなら、フォローしてあげればいいだけの事。
メニューを閉じて、むずかしそうな顔をしている少女に問いかけてみた。
■リラ >
「怖いこと言わないでください……」
相手が異性にせよ同性にせよ、恋愛に対してはかなり逃げ腰。
その理由をこれから話すつもりではあった。
「お酒も料理も、甘いのが好きです。
逆に苦いのとか……生臭い感じのはあんまり」
ワインであれば問題はないだろう。
子供っぽいとか言わないでくださいね、と釘を刺しつつ。
■カティア >
「怖い、ね」
色々と抱えてそうだとは感じていたけれど。
きっとその根本に忘れがたいトラウマがあるんだろう。
――そういう気持ちは、分からないわけではない。
「言わないわ、だって、私も甘いモノは好きだし。
でもそうね、ならそれでコース作ってもらいましょ」
そういうと、用紙にはワインだけしか書かれていないのに、呼び鈴を鳴らしてスタッフを呼びつける。
やってきた店員を手で呼び寄せると、一言二言、小さな声でやり取りをし、少女に見えないよう、テーブルの下で数枚の金貨を握らせる。
「――じゃ、甘めの味付けを中心に、コースを作って頂戴。
苦いモノと匂いが強いモノは外してね」
そう伝えると、委細承知とばかりにスタッフは折り目正しく礼をして、注文用紙を受け取って下がっていく。
「――ね?
意外と何とでもなるでしょ」
なんて言って、少女にはウィンクを一つ。
それからそう待たないうちに、赤く鮮やかな色のワインのボトルが運ばれてくるだろう。
それを、スタッフが二つのグラスに丁寧に注ぎ、二人の前に置いて下がっていく。
「それじゃ、乾杯でもしましょう?」
場慣れ、と言うのはこういうのなのだろう、という様子を見せつつ。
それでも気安い調子で、少女の前にグラスを差し出した。
■リラ >
「えっ……あ、はい」
店員を呼んでから注文を終えるまでのやり取りを、ぽかんとした顔で眺める。
何をしているのか全く分からなかったし、袖の下も見えていない。
「……すごいです。
オトナだぁ……って感じがしました」
先刻のような幼気な様子は微塵も感じさせないスマートさに、ただただ感服するばかり。
ワインが運ばれてくるまでの間もボーッとしていることしかできなかった。
経験値の差を痛感すると共に、改めて尊敬の念が沸き上がってくる。
「はっはい。それじゃ、乾杯───」
一拍遅れてグラスを手に取ると、小気味良い音を立てて乾杯を交わした。
そのまま恐る恐る口元へと運んでいき、ワインを一口。
豊潤な香りと深みのある甘さが鼻から抜けていくような味わいに、ほっと息を吐く。
「おいし……」
飲酒の経験はあると言っても、高価なものは初めてだ。
これまでの常識を覆すような味がして、完全に素の反応が出ている。
■カティア >
「ふふ、ただの慣れでしょ?
リラだって、そのうち慣れるわ」
また今度のデートでも、なるべくこういった店に連れていくつもりになっている。
こういった場所への、場慣れは、していて困る事は絶対にないのだ。
もちろん、いずれは『ズルイ正攻法』も教えてあげられたら、と思っている。
「――はい、乾杯」
ちん、と澄んだ音を交わして、煽る様にグラスを傾けて、一息でグラスを開けてしまう。
少々マナーの悪い飲み方だが、カティアはこういう飲み方が好きなのだ。
「ね、美味しいでしょ。
肉や魚と合わせるならまた違うけど。
ワインだけで楽しむなら、これが一番好きなのよ」
運ばれてきたボトルを見れば、『トラリ・イヨロ』と銘が入っているのが分かるだろう。
「――さ、コースが来るまで少し掛かるし。
なにかお話でもしましょ。
いろんな話がしたくて、こんなにいいお店を選んでくれたんでしょう?」
そう、空になったグラスにワインを注ぎながら、微笑んで訊ねかけた。
■リラ >
「……えっ、これっきりとかじゃなくて?
今度は普通のお店にしませんか……?」
毎回こんな身の詰まる思いをさせられては堪らない。
やらないと慣れないと言われればそれまでなのだが。
二人きりでなかったらワインの味も分からなかっただろう。
「違いはよく分かんないですけど、
口当たりがすっきりしてるっていうか……」
一言で表せば、飲みやすい。
気を抜くとアルコールであることを忘れて飲み進めてしまいそうだ。
「ん……まぁ、はい。
お互いを知るっていう意味でも、まずはアタシの───
わたしのことを話しておこうと思って」
グラスに注がれたワインに映る自分の顔を見下ろして。
その表情はどこか愁いを帯びている。
■カティア >
「あら、そう?
こんなお店でもないと、二人で静かにお話しなんて、なかなか出来ないと思うけど」
所謂、平民にとって普通のお店、となると、騒がしいのが基本だ。
大衆酒場、料理店、どれも静かに話をするにはあまり向かない店が多い。
まあ、ゆっくりできる店に心当たりはあるのだが――そこに目の前の少女を連れていくと、卒倒されそうな気もする。
「ん、気に入ったなら良かった。
無くなったらまた頼むから、遠慮しないで飲んでいいわ」
そもそも、自分が遠慮するつもりがない。
二杯目もあっという間にあけて、もう三杯目である。
振舞いはともかく、飲み方はやはり少々、品がないかもしれない。
「――リラが、怖がってる事の話?」
視界に映る少女の色は、寒色になって、冷たい触覚を与えてくる。
それまで、色とりどりに引っ掻き回していたからだろうか、その『悩み』に触れようとしている今は、よりハッキリと五感が刺激された。
■リラ >
「まぁ……それは確かに」
実際、落ち着いて話せそうな場所を探して行き着いたのがここで。
他に選択肢があるなら最初からそこを選んでいたわけで。
そう思うと腹を括るしかないんだな、と嘆息した。
ワインをもう一口。
少量ずつ舌で転がすように味わう様は、あなたとは対照的だ。
「……はい。
それと、みんなに隠してることについて、です」
一旦そこで言葉を区切り、深呼吸。
これから話すことは、下手をすれば人生を左右してしまう内容だから。
■カティア >
「――無理する必要はないけど?」
その事を話そうとするだけで、少女に多大なストレスが掛かっているのは、視覚でも嗅覚でもわかる。
味覚は少々、ワインの味で痺れてしまっているけれど。
「そんな大事なこと、私に話しちゃっていいのかしら。
もしかしたら、後で言いふらしたり、秘密をネタにゆすったりするかもしれないわよ」
なんて冗談を。
笑う事もなく、真面目な顔で言って。
深呼吸する少女を、じっと見守る。
■リラ >
「正直、怖いです。
でも……話しておかないと、って思って」
仮面に隠した素顔を暴かれてしまった以上、いつかは露呈することだ。
今後の付き合い方を見直すなら、それは早いほうがいい。
「……それに、カティアさんがそんな人だとは思わないですし」
今だってそうだ。
思わせぶりな口調で、からかってばかりいるけれど。
本当に嫌なことには触れないでいてくれようとしている。
自分が気持ち良くなることしか考えていない男たちとは大違い。
そんなあなただからこそ、話してもいいと思えた。
意を決し、もう一口呷ったワインに背中を押してもらって。
「……わたし、人間と魔族のハーフなんです。
父親が夢魔……俗に言う、インキュバスってやつで」
学院の誰にも明かしていない真実。
僅かとはいえ魔族の血が流れた半魔であるということ。
明るみになれば退学もありうる秘密を、あなただけに告げた。
■カティア >
「――信用しすぎ。
私だって、そんなに上等な人間じゃないわよ」
ふ、と息が零れる。
汚い事もそれなりに経験してきている――綺麗な人間ではないのだ。
それこそ目の前の少女のように――。
「――時折、聞く話ではあるわね。
表に出る事はすくないけど」
極端に稀な例ではない。
不本意に子を成してしまった例もあれば、異種族婚の末の結果も存在する。
特に、冒険者や傭兵なんかの『身分がはっきりしない』連中の中にはそれなりに混ざっていたりもする事だ。
だから。
「――それで、なにがあったの?」
それは、単なる一因に過ぎない。
静かに、続きを促すように問いかけた。
■リラ >
「それを言ったらわたしだって……」
ここまで目をかけてもらうほどの人間ではない。
それ以前に半分は人間ですらないが、そこは置いておいて。
素性がどうあれ、こうして何度か言葉を交わした上で、
人柄を見て話してもいいと判断したから口を開いたのだ。
今更そんなことで掌を返すつもりはない。
「まぁ、ハーフって言っても魔族の血は薄いから……
せいぜい魔力が人より高いかもってくらいですけどね。
ただ……体質的に男のひとを寄せ付けちゃうみたいで」
インキュバスの娘、つまりはサキュバス。
夢などを通じて男の精を搾り取ると言われている種族だ。
僅かとはいえその魔性を継いで生まれたリラにもその素質はあった。
「学院に入る前……その。
正気を失くした男のひとに、襲われたことがあるんです」
非力な子供でしかなかった彼女は為す術もなく。
仔細は語らずとも、辛い目に遭ったことは想像に難くない。
むしろ、語らないからこそ悲痛さが滲み出ていた。
■カティア >
「――――」
声にならない吐息。
体質の話で、その後何が起きたかは想像がついた。
幼い少女が、それでどれだけ怖い思いをしたのか、傷ついたのか――想像は付かない。
「――もう大丈夫、わかったから」
襲われたと、冷え切った声が聞こえれば、十分だった。
それからの事を語らせるほど、鬼にはなれない。
「――――」
音にならない息が漏れる。
そうした経験から、傷ついた少女が身に着けたのが、如何にも遊んでいるような女の仮面。
そう装って、人格を武装する事で、怖さを誤魔化していたのかもしれない。
「――最悪」
話を聞くとそれだけ呟いて、ワインのボトルを掴み、直接ラッパ飲み。
一気に半分以上飲んでから、叩きつけるように、ボトルを置いた。
「はあ――理不尽、ね」
彼女には、なにも落ち度なんてない。
ただ生まれが特殊で、運が悪かっただけ。
ただそれだけ、と言う事が。
殊更に、少女の受けた仕打ちの、理不尽さが際立つようで。
ただただ、腹が立って仕方がなかった。
■リラ >
「たぶん、カティアさんの想像した通りです。
それっきり男のひとが苦手になっちゃって……」
男の全てがそういうものではないことも分かっている。
むしろ体質で狂わせてしまったのはこちらの方だ。
それでも、あの時の恐怖と痛みは身体に刻み込まれていて。
しばらくは異性と対面するのも避けていたほどであった。
「学院に入ったのも、この体質をなんとかしたくて。
ただ、素のままだと体質のことが人にバレちゃうから、
わざと男慣れしてる風にして誤魔化してたんですよ」
考えてもみてほしい。
純朴で大人しそうな女生徒が男を誘う雰囲気を漂わせている様を。
不信感を抱かせてしまう要員にもなるし、変な輩に目を付けられてしまいかねない。
軽薄な服装や態度は彼女なりに考えた自衛手段なのだ。
もちろん、そう振る舞うことで怖さを紛らわせていた面もある。
「……ごめんなさい。
こんな話、面白くもないですよね」
苛立ちを隠さない様子に、再び苦笑を溢した。