2016/12/19 のログ
ホウセン > 張り詰めた反動の、脱力しきった時間を切り上げる。方々に散らしてしまった資料やら書置きを、今更ながらに整え――墨が乾くまで折り重ねられなかったのもあるが――て、小柄な妖仙ならば、そのまま横になれるぐらいの面積を有する執務机の天板を片付ける。火事の話ではないが、書類に燃え移ったり、焦がしてしまう危険性を排除してから、煙管を取り出して、煙草の葉を火皿に詰める。普段なら燐寸を使うところだけれど、こんな時間で誰に見られる訳でもなかろうと横着し、口の中で小さく呪いごとを紡ぐ。右手の人差し指に火気を集め、煙草に触れる事で着火する。燐と硫黄の齎す特有の刺激臭が抜け落ちているが、道具を使って火をつけるのと大差なく、立ち上る紫煙も平素と変わり映えしない。

「とはいえ、この件に関して、儂は部外者じゃからのぅ。どの面下げて頭を突っ込めば良いのかという話じゃな。」

嫌がらせは、この妖仙のライフワークの一部でもあるが、多少の分別はあるらしい。誰彼構わず茶々を入れるのは無駄な敵を作る事になるし、嫌がらせ相手の敵対者にとって良かれと思った事が、意思疎通の欠如によって裏目に出ることも間々ある。何よりも、当事者以外がしたり顔で引っ掻き回すのが、美意識に馴染まないのだ。銀の吸い口を唇で食んだまま、器用に煙を噴出す。この国のものとは、少しばかり風味の異なる煙が、行灯の照らす薄暗い室内に拡散し、視認できない濃度にまで解ける。

「受け入れられるかは別にして、一枚噛ませろというのは… 口にするだけなら容易かろうが、足元を見られもしよう。無償の奉仕なぞ、ぞっとせぬ。」

魔族に対する嫌がらせをするのには、何ら抵抗を覚えないどころか推奨したい心地がするけれど、自分自身に利益が無いというのも、この妖仙の忌避する所だ。どうせなら、一石二鳥か三鳥ぐらいを手繰り寄せる手法は無いものか。その条件さえ解消できるのなら、切れるカードは幾つかある。資産家としてのものと、術と薬に精通する者としてのものと。少なくとも、今の所は絵に描いた餅。然し、謀略然とした思考遊戯はそれなりに愉しめるものだ。そこはかとなく満足げ口元を緩め、今一度、大きく紫煙を吐き出す。

ホウセン > クルリと煙管を返して、灰皿の縁に軽く打ちつける。カツンと乾いた音に遅れて転がり出した煙草の葉の殆どが焼けてしまっている事から、相応の時間を考え事に費やしてしまっていたと知れる。聊かばつが悪そうに眉根を寄せ、革張りの椅子から立ち上がる。商館の部屋は、仮眠こそ出来ようが心身を弛緩させて休養するには難が残のだ。王都の店に滞在する時の定宿に引き上げようと踏ん切りをつけ、戸口の所まで歩み進み――

「…『煙鬼』。」

呼びかけに呼応し、部屋中に散った煙の残滓が寄り集まって球を形作る。力の篭っていない声と釣り合いを取るべく、その後の変容も緩慢で、人を模した四肢の生えた、頭部のない”何か”を形作るも、小柄な妖仙の更に半分ほどの大きさしかない。

「片付けよ。」

命令は端的に。重量物をどうにかする訳でもなく、書類整理程度ならこのサイズで十分なのだろう。ギクシャクと煙で出来た使役物が動き始めたのを尻目に、部屋の主は外へ…

ご案内:「王都平民地区 自前の商館」からホウセンさんが去りました。