2021/01/24 のログ
フォンティーン > ――商会に納品を済ませて室内から出てみればやけに月が大きく見えた。

夜半も更けたというのに随分と賑やかで晴れやかな街並み。
暫く歩いて――そう、当初は目的地を思い描いていた筈なのに、
暫く経つと今何処を歩いているのだか見失う。もう、全然さっぱりと。

「だから人間(ひと)の作る街並みって…
 画一的で取り澄ました顔ばかり。
 ――と、失礼。お嬢さん、良い香りだけど、それはなに?」

時たま遣らかす失敗に、良くも皆迷わないものだと言い訳。
丁度、そんな思考が逃げ道を探すのに合わせて辺りに甘い香りを伴う湯気が滲む。
その発生源らしい屋台を見付けると、覗き込んで店主へと声をかける。

お嬢さんと呼び掛けられて恥じらいながらも、
満更でもない顔をして応じるのは初老に差し掛かろうかという女店主。
次々と舞い込む客を相手にして大忙しの彼女も漸くこの時間に落ちつけたのだろう。
疲れは見せていたが、頬は漂う香りのように艶々として、通り掛かりの問い掛けにも丁寧な身振り。

曰く、秋口から醸した未だ熟成の短い林檎酒を沸騰しない程度にとろ火で温め、
店主特製の香辛料が振られた物なのだと語る言葉はきっと本質以上の表現が用いられていたが、
無知な旅人の耳には御伽噺のように響く。

冬の空気に湯気を立てている売り物に酷く惹かれる客を作り上げたとなれば
その話術は魔術といって差し支えない。

「それじゃ、一つ頂けますか?」

旅人は財布を覗き込み、少しの逡巡した後で、
冬の寒気に染まる赤い頬を綻ばせて人差し指をたて、注文を発し。
注文を受けてかき混ぜられた鍋が一際甘い湯気を流した――

フォンティーン > 手渡されたカップと引き換えに対価に丁度の硬貨を手渡し、
早速冷えた指に染み入る熱を柔い両手で握り込み。
満足げに笑みを浮かべると一口その場で口に含む。

「…ん、甘くて落ち着く。
 さて、まずは元の場所に戻る所から始めよう。」

なけなしの金銭を叩いた分の効果はあった――筈。
少なくとも、見っとも無く憮然とした面持ちでいる事はなくなった訳で、
女店主の笑顔を写し取ったような温度のある顔で辺りを見渡すとゆっくりと歩きだし。

ご案内:「王都マグメール 平民地区」からフォンティーンさんが去りました。